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ミラノ・コルティナ五輪の魔法① ~都市の名前に刻まれてきた記憶~

2026年2月から3月にかけて、イタリアのミラノ、コルティナダンペッツォという都市が世界中から注目を集めている。
冬のオリンピック、パラリンピックが開催されて、世界中から多くの人がこの地を訪れ、また放送を通じて、その都市の名前が毎日連呼されているからだ。

イタリア北部の都市ミラノは、世界の都市の中でも有名な部類に入るだろう。
ドゥオモ大聖堂、スフォルツァ城、スカラ座をはじめ多くの観光名所があり、レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「最後の晩餐」閲覧を目的にその地を訪ねる人も多い。

あなたはミラノと聞いて何を思い浮かべるだろうか。
まずは最新のファッションの発信地だと考える人も多いだろう。
天才デザイナーと言われたジォルジョ・アルマーニがミラノを拠点に活躍し、高級ブテイックが立ち並ぶモンテナポレオーネ通りは世界中のファッション好きの憧れの場所だ。
グルメな方は、美味しいイタリア料理の中でも、ミラノ風カツレツや、黄金色に輝くリゾット・アッラ・ミラネーゼが好物だというかもしれない。
イタリアセリエAの強豪チームであるACミランとインテルを地元に持ち、サッカーファンにはたまらなく魅力的な都市でもある。
スカラ座に一度は行ってみたいオペラファンも多いことだろう。

街のシンボルは、ミラノのドゥオモ(大聖堂)だ。
14 世紀に建設が開始されて、現在の完成形に至るまで約500年の時を待った、世界最大規模のゴシック建築である。
すぐ隣には、ビットリオ・エマヌエーレ2世ガレリアがあり、八角形の屋根やガラスのアーチというユニークな建築様式も美しい。

「最後の晩餐」があるのは、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会である。
予約なしには入場できず、滞在時間にも制限がるほど人気のある場所である。
中心地〈チェントロ)から少し離れるとナヴィリオ運河があり、古き良きミラノの雰囲気を残しながらも新しいお洒落なお店が並ぶ観光地になっている。

私個人にも、ミラノという名前から思い浮かぶものがいくつかある。
須賀敦子さん(1929 ~1998)が著した「ミラノ霧の風景」もその一つだ。
イタリア人と結婚し暮らしたイタリアの都市の記憶を、抒情的に透明な筆致で描いた数々のエッセイが素晴らしかった。
講談社エッセイ賞、女流文学賞も受賞した名作だ。
「記憶の中のミラノには、いまもあの霧が静かに流れている。」から始まる文章に魅せられて、彼女の辿ったイタリア中の街の風景を旅してまわることになったほどだ。
ナヴィリオ運河もその一つで、もう30年も前のことだが運河沿いの瀟洒な画廊で縦横30センチにも満たない油絵を買った。
春を告げる小さな村の花祭りを描いたものだった。
その油絵は今でも自宅の玄関先に飾ってあるが、ベントゥッティさんという画家本人とお互い拙い英語で会話した時の、とても幸せな気分を思い出す。

そしてやはりカルチョのことが思い起こされる。
世界中にサッカークラブは90万チームもあると言われるほどだが、私にはACミランというクラブに特別な想いがある。
1990年前後にファンバステン、フリット、ライカールトのオランダトリオを擁して、欧州チャンピオンズリーグで優勝を数回成し遂げた。
開会式の会場になったホームグラウンドのサンシーロスタジアムはまだ新しく、革新的なデザインに驚かされた。
当時トヨタカップ中継の取材でミラノを数回訪れてチームの凄さを目の当たりするとともに、この街にも大いに魅せられた。

さてミラノと共に大会名に連記された広域開催会場の一つ、コルティナダンペッツォを知る人はそれほど多くないかもしれない。
それでも1956年の第7回冬季オリンピックが開催されているから、70年ぶりに2度目の開催なのだ。
イタリアの人たちが一度は行ってみたいと憧れる高級リゾート地だそうで、そそり立つ岩山が夕日に染まる姿が美しく、冬のオリンピックにぴったりの美しい景色が広がる街である。

そして何より、日本人選手の猪谷千春氏がスキー男子回転で銀メダルを獲得したので、スポーツ界では有名な場所の一つである。
当時絶対王者と言われたトニー・ザイラー(オーストリア)と争い、スキーアルペン競技では日本人唯一のメダルをもたらしたのだから、コルティナダンペッツォという地名からの連想は、ずっと猪谷千春であった。
スキー・アルペン競技での日本人メダルが今後生まれることを期待するが、70年間果たせていないからいかに伝説的な出来事であるかが分かるであろう。
その猪谷氏は94歳で元気にご活躍中で、今大会も現地に出向かれている。
余談だが今回の大会名ではミラノとの連記のため、長すぎる名称を短くするためか、コルティナと略されたのは少し残念ではある。
実は猪谷氏を破ったトニーザイラーは、当時の単独種目、回転、大回転、滑降の全てで金メダルを獲得し史上初の三冠王となった。
個人的には幼いころに耳にしたコルティナダンペッツォという地名こそが、偉業が生まれた遠いイタリアの地への淡い想いとなっているからだ。

このように、ある都市の名前を聞いただけで、人それぞれに様々な想いが溢れ出てくるものだ。
行ったことのある場所ならなおさら、まだ訪れたことがなくとも想像してみる世界もまた素敵なものだ。

オリンピックは夏季、冬季共に4年に1回だから、その開催都市が特別なほどにクローズアップされることは一生のうちで稀な機会である。
実際に現地に行く機会はなくとも、あたかもその地を訪れたかのような気分にさせてくれるメディアの情報量の多さにも驚く。
大会の中継放送に限らず事前の関連番組などで、都市の名前とその街の紹介まで、時には関連する歴史、そして美術や芸術、音楽、グルメ、スポーツまで取り上げられていく。
「なぜダ・ヴィンチはミラノに向かったのか」「最後の晩餐の描かれた秘密」など、知的好奇心をくすぐるようなテーマを扱う番組まであった。
オリンピック開催を一つのきっかけにして、ある都市のことをよく知り、人生に関わる様々な事柄に興味が繋がるのもいいことだと思う。
博学をひけらかすようなことではなく、視野や趣味の世界が広がること、日々の生活に刺激を受けたり、旅に出てみたいという思いが生まれるのも素敵なことだろう。

世の中の多くは、オリンピック開催における経済効果、特に観光プロモーションへの絶大なる効果を挙げる。
もちろんそれ自体を否定はしない。その都市がより多くの人に知られて愛されることはいいことだ。
ただスポーツの祭典、いや人類の祭典にまで高める様な気持ちでオリンピックを考えた時に、人種や国境を越えて共に目指す共通の穏やかなるもの、豊かさ、優しさを感じさせる人間同士の触れ合いが、その場所にあることこそが開催都市の意義に繋がるのではないか。
都市や街のあちらこちらに、単にオリンピックを開催したという事実だけではない、人間らしい、語り継いでいきたいエピソードが満ち溢れていたら、きっと幸せなことに違いない。

「ミラノ・コルティナ五輪の魔法」シリーズを執筆するにあたって。
昨年9月に国際オリンピック委員会(IOC)の会長に就任した競泳女子の五輪金メダリスト、カースティ・コベントリー氏(ジンバブエ出身)は
「五輪の精神はスポーツ以上のもの。私たちを人間たらしめるもの。これが五輪の魔法」と訴えてから約半年が経った。
2月6日にミラノ・コルティナ五輪が開会し、その開会式でもコベントリー氏は次のように述べた。「五輪はスポーツを超越した人間性の祭典である。人間性の強さは、勇気、思いやり、そして優しさから生まれる。あなた方はこれから2週間、夢を追い、挫折から立ち上がることで、人とは何かを示してくれるだろう。これが五輪の魔法だ」と。
五輪の魔法という言葉を、過去にも幾度か耳にした。
史上初の広域開催、世界の分断という現状から平和と調和を訴えた開会式のメッセージ、アスリートたちがみせる勇気、思いやり、優しさに溢れた人間の力、今回のミラノ・コルティナ五輪はどのような魔法を具体的に示してくれるのか見守りたいと思う。

スポーツ大会を自国開催することの意義について過去に書き記したコラムです。
「都市に刻まれる遺産(レガシー)~スポーツ大会を自国で開催する意味~
https://yasuhisafukuda.com/%e9%83%bd%e5%b8%82%e3%81%ab%e5%88%bb%e3%81%be%e3%82%8c%e3%82%8b%e9%81%ba%e7%94%a3%ef%bc%88%e3%83%ac%e3%82%ac%e3%82%b7%e3%83%bc%ef%bc%89%e3%80%80%ef%bd%9e%e3%82%b9%e3%83%9d%e3%83%bc%e3%83%84%e5%a4%a7

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