
2025年3月、日本が開催を表明していた女子ワールドカップ2031年大会の可能性が消滅したニュースは、私にも少なからずショックなものだった。
ワールドカップやオリンピックといった世界規模のスポーツ大会を自国で開催し、多くの地元国民がそのスポーツの素晴らしさに直接触れる機会は大変貴重だと思うからだ。
時にそれは一生の記憶に残る、劇的な感動を生む事すらある。
競技そのもだけでなく、その期間に都市がまとう雰囲気も、そこかしこに生まれる高揚感もいいものだ。
大会までの様々な盛り上げイベント、普段は交流のない国の人々との会話の機会、大会ホスト国としての誇りなどを感じ、スポーツの持つ力を再認識し、何より楽しめる。
確かに政治的、経済的な側面から見るとネガティブな要素が生まれないわけではないし、事実東京オリンピック2020でも汚職疑惑、談合事件など多くの負の要素が明らかになった。
また多様性や人権、男女同権の意識などが、大会準備の中で問われ続けた。
そのことで問題が生じ要職のメンバーが辞任したりもしたが、かえって意識の低さが露呈し、課題を浮き彫りにし意識改革への一助になったのも事実だ。
そして何より、世界中から日本に観戦に訪れる外国人の受け入れ、国際交流は有意義であろう。
また大会開催に向けた様々なインフラ整備を充実するプロセスの中で、新たなスポーツレガシー施設が生み出されたり、都市のアクセシビリティ―が充実する期待もある。
さらにスポーツ純粋な観点からすれば、予算獲得も含めて開催競技の計画的かつ周到な準備がもたらす強化や、メディアでの大きな扱いなどを通じて一般に広く認知されることでの競技発展は、豊かなスポーツ文化を熟成する可能性すらある。
日本は4つの夏冬オリンピックを自国開催した。1964年東京、1972年札幌、1998年長野、2021年東京である。
サッカーではFIFAワールドカップが、2002年に日本と韓国の共同で開催された。
2002FIFAワールドカップは韓国との共催であったが、どちらの国にも大きなレガシーを残したと思う。
地方におけるスタジアム建設推進、サッカーを当たり前のように身近に観る環境、頂点を目指す世界の広さへの実感などを多くの国民が感じた。
そして若者たちのベッカムヘア流行、日本対ロシア戦のテレビ中継視聴率66.8%も大きな話題となった。
私は2002年のあの時、日本のとある小さな村で生まれた素敵な出来事も忘れがたい。
ワールドカップなどでは出場する国が試合に備えてベースキャンプを張るのだが、気候や施設、移動など環境面を総合的に勘案して、その場所を選ぶ。
カメルーン代表は、そのキャンプ地に大分県・中津江村を選んだ。
失礼ながら2002年当時に外国人を村で見かけることは稀であったと思う。
ましてやアフリカからの選手団を出迎えること等は、初めての経験であったろう。
そのカメルーン代表は来日スケジュール当日になっても一向に現れず、次の日もまたやってこない。そして次の日も・・。
それでも村長を筆頭に、歓迎の意を表しながら「カメルーン代表の皆様、ずっとお待ちしています」とメディアを通じて呼びかけ続けた。
そして予定日から5日遅れて、カメルーンチームのバスが山間の町に到着した。
待ちわびた村の子供たちを含む150人が深夜3時にも関わらず、笑顔で出迎えた。
カメルーン選手たちが大会出場ボーナスを巡って内輪もめし、祖国の出発遅れや飛行機の不具合などが5日遅れの理由であったが、2002年ワールドカップにおける語り継がれるエピソードが生まれた。
「中津江村」というワードがその年の流行語大賞に選出されるほどの反響も凄かった。
しかし物語はそれでは終わらない。その後日田市に合併されたが、中津江の村の名前は残されて、夏季オリンピック東京2020大会では再びカメルーン選手団を受け入れた。
中津江とカメルーンは固い絆で交流し、子供たちもカメルーン選手と交流する中で、スポーツへの愛情のみならず国際的な関係性の素晴らしさも学んだと聞く。
これもスポーツ大会が縁でつくられたレガシーと言えよう。
レガシーとはスポーツ施設やアクセシビリティ―の充実といった、目に見えるものばかりではないということだ。
試合会場の都市のみならず、色々な形で大会に関わり交流することが出来るのが開催国、都市である。
ホストカントリー、ホストシティーの英語名は、まさしく客人を招待し、おもてなしするホスピタリティ―がよく伝わる言葉と言えよう。
2031年女子ワールドカップ招致活動から開催を目指す中で、そのようなエピソードが再び多く生まれることをも期待していた。
そして日本開催可能性が消滅した時に頭に浮かんだのが、2023年の女子ワールドカップを開催した2つの都市の光景である。
2023年8月にオーストラリアとニュージーランドで開催された女子ワールドカップは私にとって大変印象の深いスポーツ大会だった。
2020年に自国の首都・東京で開催される予定だった夏季オリンピックが、全世界的なコロナ禍というパンデミックに見舞われて、史上初めて1年延期されて2021年に何とか開催された。しかしその大会はほぼ無観客の大会であり、外国からの観客を受け入れないことは真っ先に決定された。
観客のいないスタジアムは寂しかったが、本来ならオリンピックを観るために東京を訪れたであろう多くの外国人の姿を見かけることのできなかったことも悲しかった。
2022年冬季北京オリンピックも無観客であった。
翌年2023年には少しずつ全世界的に感染者数が減少していき、スポーツ会場も観客を入れて開催されることになりつつあった。
そして迎えた2023年8月のFIFA女子ワールドカップは、規模の大きなスポーツ大会では本当に久しぶりに有観客で開催された。
オーストラリアとニュージーランドの共同開催であったが、両国の会場となった都市には多くの人々が詰めかけた。
だからなおさら2023年ワールドカップの現地での体験は、忘れがたいものになった。
準決勝1試合と決勝戦が行われたシドニーのスタジアム・オーストラリアには5万5784人が押し寄せた。
スタジアムへのアクセスも電車でスムースである。
2000年開催の夏季シドニーオリンピックのレガシーである広大なオリンピックパークは、スタジアムチケットを持たない多くのファンで埋め尽くされていた。
試合日以外に、シドニーの観光名所サーキュラーキーにあるハーバーブリッジとオペラハウス周辺を訪れると、参加32か国のサポーターたちが自国のユニフォームを着て楽しそうに闊歩しており、ハーバーのカフェでは本当に楽しそうにビールを飲んでいる。
オーストラリア女子代表の愛称は「マチルダズ」であるが、連日新聞の一面をマチルダズの文字が躍った。
地元の人に聞くと何も女子サッカーだけが人気があるのではなく、オーストラリアでは男女ともバスケットボールや、ラグビー、7人制のオージーボールなど全ての球技に大きな関心がある。今回は女子サッカーのワールドカップが自国開催だからこそ熱狂が生まれたとのことだった。
もう一つの開催国ニュージーランドでは、ラグビー以外の大型国際大会開催経験が少ないと聞いた。
それでも第一回ラグビーワールドカップが開催されたオークランドのスタジアム、イーデンパークでの準決勝も忘れがたい。
町の中心から列車でわずか20分程度にあるスタジアムに向かう電車の中で4人のボランティアと隣り合わせだった。
20代とおぼしき女性たちは、ニュージーランドの女子サッカーは発展途上だけれど、ラグビーのようにきっといつか世界一になると信じていると言い切った。
男子オールブラックスに劣らず、女子ラグビーも過去6回世界一に輝いているから応援しているが、今回のような大会経験をした今、周りの若い世代も女子サッカーに興味を強く持ち始めたというのだ。
ちなみにイーデンパークには、自国開催(オーストラリアとの共催)の1987年第一回男子ラグビーワールドカップで初のトライを決めたジョーンズ選手のトライ姿を再現したモニュメントが置かれている。
空を飛ぶような美しいトライのさまが形にもなって残されて、世界一の栄光と自国開催の誇りを伴って、人々の思い出に刻まれ続けて行くのだろう。
そしてイーデンパークはスポーツ競技の聖地となっていた。
試合が始まると気温は体感温度マイナスに感じるほどの寒さであった(8月は南半球は冬である)が、スペイン対スウェーデンと地元国が出場していないイーデンパークには地元民が多く駆けつけ4万3217人がニュージーランド開催のラストゲームを楽しんだ。

そしてその後、2024年パリオリンピック・パラリンピックを経て、もはやパンデミックは完全に収束したとばかりに、スポーツ会場での有観客開催は当たり前の世界に戻った。
大型のスポーツ大会、すなわち世界各国のアスリートが集結する大会を、そう頻繁に開催する機会はない。
何といっても国や地方自治体という政治的なバックアップと、開催費用を集めるためのスポンサーの存在がなくては到底成立しないからだ。
それでもこうした大型スポーツ大会を自国で開催する意義は何か、いつも議論される。
意義としては、開催する事での経済効果、都市などのインフラ整備促進、などが挙げられる。
反対される理由で多いのは、利権争い、一部の企業や団体だけが潤う構図、税金の無駄遣いといった指摘が多い。
2025年の大型スポーツ大会としては、9月の世界陸上東京大会、11月のデフリンピックが地国開催として控えているから楽しみだ。
世界陸上は1991年以来34年ぶりの東京開催であり、世界200の国と地域から約2000人のアスリートが来日する予定である。
日本のやり投げ北口榛花のみならず、棒高跳びデュプランティス(スウェーデン)の世界新が国立競技場で観られるかもしれない。
2021年コロナ禍では無観客だったスタジアムに大歓声が戻ってくる。
デフリンピックは11月15日(土)から26日(水)まで、駒沢オリンピック公園総合運動場ほかで開催されるが、日本では初めてのことだ。
東京が夏季25回目で100周年の記念大会でもある。
デフ(Deaf)は、英語で「耳がきこえない」という意味で、ろう者による国際スポーツ大会だ。
第1回大会は1924年にフランスのパリで開催され、オリンピック同様、4年に一度、夏季大会と冬季大会が開催されてきた。
日本ではパラリンピックほどの知名度こそないが、伝統ある国際スポーツ大会なのだ。
70~80の国と地域から、約3,000人の選手が出場し、全21競技で争われる。
陸上、サッカー、卓球、バレーボール、バスケットボール、ハンドボール、バドミントン、レスリング(フリースタイル)、レスリング(グレコローマン)、空手、柔道、テコンドー、水泳、テニス、ビーチバレー、自転車競技(ロード)、自転車競技(MTB)、ボウリング、ゴルフ、オリエンテーリングであり、私も改めてその大会規模を学んだ。
耳が聞こえないアスリートたちのために、フラッシュランプや旗を用いるなど、運営進行に工夫がなされるというが、何より団体スポーツではアスリート間のコミュニケーションの方法がチャレンジだと思う。それを乗り越えていく世界各国選手の活躍を観戦したいと今から思っている。
加えて世界中から観戦に来る観光客もデフ関係者が多くいるに違いない。
会場までのアクセス誘導の表示や情報にも工夫がなされることで、多様性に対応した町つくりへの機運やヒントが得られるかもしれない。
デフ競技やパラ競技を開催することで、多種のアクセシビリティ―に対応する行政の予算獲得、意識向上にも繋がればいいと思う。
今回のデフリンピック開催を機に、まずは東京都を中心に多様性への取り組みのスピードが速まることを大いに期待する。
やはりワールドカップやオリンピック・パラリンピック、デフリンピック、世界陸上など地元開催の大会はやはり特別なものだ。
男子や女子やその他カテゴリーごとのスポーツの区別ももちろんないし、種目の隔てもない。
きっと開催国が長い時間をかけて準備した様々な要素が、大会を忘れられないものにするのも事実だろう。
国や都市を挙げての運営準備と受け入れ、設備投資、観光プロモーション、経済効果への期待も込めて献身した部分もあるだろう。
数えきれない関係者、ボランティアも多くかかわったに違いない。
そうしたことが老若男女それぞれに様々な思い入れを生み出し、大会には国民的な期待が寄せられたはずだから盛り上がるのは当然かもしれない。
宴の思い出は、日頃の生活の中に紛れて遠い昔のように感ずることがほとんどだ。
その宴はお祭り、花火大会の花火のごとく一瞬の煌めきを放ち、また忘れられてしまうかもしれない。
それでも、それぞれの人生のほんのひと時に彩を添えただけなのに、忘れがたい財産になることもある。
そして口々に大会が開催されたことを誇りにし、楽しく有意義なひと時であったことを伝えていくことこそが、豊かなスポーツの国への扉を開いていくものだと思う。
だからこそ、起こりうる負の要素はきちんと検証したうえで、スポーツ大会自国開催の意義があることも、もう一度きちんと考えていこうではないか。
国や都市に刻まれるであろう、レガシーの持つ力を信じて。