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FIFA女子ワールドカップの風④ ~なでしこのいないイーデンパークで~

イーデンパークの名前を知らないニュージーランド在住の方はいないだろう。
ニュージーランド自慢のラグビー代表チーム”オールブラックス”が1987年自国開催の第一回ワールドカップで優勝した記念すべき聖地である。
その後も2011年第7回ワールドカップで再びの世界一を獲得したオールブラックスを中心に、ラグビーのみならずクリケットやサッカーなど数々の名試合を生み出したこの場所は、近代的な設備に生まれ変わってもやはり独特な雰囲気のあるスタジアムである。
日本が勝ち上がるのを信じて現地入りしたニュージーランド、イーデンパークで準決勝「スペイン対スウェーデン」の試合を取材した。
気温10度、冬のニュージーランド、オークランドの街中で、ついぞ日本人を見かけることはなかった。
会場のプレスルームもおそらく日本が勝ち上がっていたら多くの日本メディアがいたはずだったが、日本のメディアは私を含めてわずか2名だけだった。
日本が準々決勝でスウェーデンと対戦した場所は同じイーデンパークで、つい4日前にこの会場は多くの日本人サポーターのみならず現地ファンも渾身のジャパンコールをしてくれた。しかし1対2で敗れたなでしこはベスト8にとどまった。

いまさらなでしこがこのイーデンパークにいないことを寂しく思い、悔しがっても仕方がない。
予選リーグで4対0と撃破したスペインとの再戦ももちろん楽しみに違いなかったが、アメリカ、日本を打ち破って勝ち進んだスウェーデンのサッカーとFIFAランク6位と、やはり自力のあるスペインとの好試合を期待していた。
実際プレスルームで交わしたスペインメディアとの会話は、「必ず拮抗した試合になる。PK戦になるかもしれない。でも最後に勝つのはスペインだけど」とお決まりのものだったにしても、大方の予想は大接戦だった。
そして日本が今大会に対戦した両チームの対戦だけに、なでしこにあった強み、逆に足りなかったものが明確にされるかもしれないという思いもあった。

試合は前半からスペインが攻撃に積極的な姿勢を見せ、ややスウェーデンが押され気味という展開になった。
スペインが、やはり持ち味の速いパス回しと局面での守備の強さも見せながらも、両チームともに得点が無いまま後半戦に入るが、後半12分にスペインは準々決勝のオランダ戦で延長戦の決勝ゴールを決めたFWサルマ・パラジュエロが投入すると、そこから一気に試合は動き出した。
スピードが身上で、あらゆるサイドで攻撃を仕掛けるパラジュエロの動きに、スウェーデンの持ち前の守備にほころびが見え始めた。
そしてついに後半35分、パラジュエロがゴール前から鋭い右足シュートで先制。
このままスペインが逃げ切るかと思われた後半43分にスウェーデンのブロムクビストの反撃のゴールが決まり、試合は1対1のまま延長戦に入るかと思われた。
しかし直後の44分、コーナーキックからスペインは、キャプテン、オルガ・カルモナの劇的な決勝ゴールが決まり2-1でスペインが初の決勝進出を果たした。

この日のスウェーデンには日本戦の前半におけるような強烈なプレスは見られなかった。
またスペインは日本戦同様にボールポゼッションを維持しながらも、慎重にスウェーデンのカウンターを封じて見せた。
試合というものはかみ合わせもあるし、当日のコンディションを含めて単純にチーム力の比較はできない。だから、たらればでイーデンパークでの準決勝でスペインと再び対戦していたらどういう結果になったかは誰にもわからない。
グループステージとはいえ強豪スペインを4対0で撃破した日本はそれだけでも称賛に価するし、優勝候補のダークホースにも一気に躍り出たのは事実だった。
しかし、ここで思い出すのは、よく元日本代表監督の岡田武史氏が引き合いに出す言葉だ。
1993年ドーハの悲劇と言われた男子サッカー日本代表のイラク戦でのアディショナルタイムでのゴールにより、初のワールドカップ出場の夢が砕けたアジア最終予選。東京のスタジオ解説をしていた岡田さんは、「今のチームはそれでもアジアで10回戦えば5回勝てるチームになっていた。自分の時代は3回勝てるかどうかの実力だったのに。」
そして2022年FIFAワールドカップ・カタール大会の前には「ドイツと戦って勝てる割合は10回あれば3回はチャンスがある」と語っていた。
代表選手出身で多くの国際試合を経験した岡田さんにとって、肌感覚でチーム戦力を分析すると、このような表現になるのであろう。
つまり博打や奇跡というものに頼らなければ、やはりチームの力は現在の身の丈にふさわしい結果を生み出すものなのだろう。
となれば、今のなでしこがスペインとどのように戦ってどんな結果を残せるか、今の実力を見極めるのに見たかった。
大会中、2回戦って2回完全に打ち破る力が、今日のスペインの底力を見たうえで思うことだが、今のなでしこにあっただろうか。
いずれにしても今後本当に再びの世界一を目指すのなら、例えば5回戦ったなら4回は勝つという、一時期のアメリカのように王者としての堂々たる実力を身に着けて、さらなる頂点を目指してほしいと強く願う次第だ。

ちなみにイーデンパークには1987年オーストラリアとニュージーランドで共同開催された第一回ラグビーワールドカップにおける、自国代表チームであるオールブラックスの大会初トライを決めたマイケル・ジョーンズの記念の像が飾られている。
歴史的なトライを決めたときの、その姿をそのままシンプルに再現した彫刻は実に印象的で素晴らしい。
思えば女子ワールドカップでは2011年に世界一に輝いたなでしこジャパンの歴史的な偉業は、このような見える形で残されてはいない。
確かに国民栄誉賞を受賞するなど話題を呼びテレビ出演など露出も増えた。
そのうえ2011年は東日本大震災があった後における、なでしこの活躍が国民を勇気付けるなど大きな功績は認められたものの、それ以降の日本女子サッカーの発展はしりすぼみになってしまったのは事実だろう。
事実、今大会前のなでしこへの注目度は低かった。一部のメディアではグループリーグ突破も厳しいかもという指摘すらあり、テレビ放送も直前まで決まらなかった。
しかし、いざスペインを撃破するなど快進撃に、世間は一気に期待を寄せたし、世界も注目したがベスト8に終わった。
それでも今大会の極めて印象的な戦いぶりが、次の世代につながるだけのインパクトを確かに残してくれた。
なんでも形にすればいいものではないが、人々の心に残る偉業を様々な形で表現していかないと、いずれ忘れ去られてしまうな扱いでは根付かないのではないか。
何も記念像や表彰状が必要なのではない。
秋から始まるWEリーグで何らかの大々的なプロモーションがあってもいいし、メディアの露出の仕方も工夫が求められるだろう。
何よりこのワールドカップで新しい感動を見つけたファンはスタジアムに足を運んでほしいと思う。

さて、少し脱線するようだが、日本では野球のWBC優勝の日を国民の祝日にしたらどうかという意見もあった。
今回女子のワールドカップでも地元オーストラリアの代表マチルダズが世界一になったら国民の休日にすることが首相レベルで検討されていた。
それだけ大会の期間中に多くの人々が感動し、様々なエピソードが生まれていくことが、そのスポーツを発展させていく。
そして、多くの人が、世代を超えていつまでも語り継いでいくことが何よりのスポーツ文化定着への力となることは間違いない。
たった一瞬の風が吹いたとしても、人はそれをいつか忘れてしまう。

1987年第一回ラグビーワールドカップにおける自国代表の初トライを決めたマイケル・ジョーンズの像
(ニュージーランド・オークランドのイーデンパークにて)


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