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FIFA女子ワールドカップの風① ~FIFA+で中継を観る面白さも発見~

女子ワールドカップはなでしこジャパンの快進撃で盛り上がりを見せている。
大会前はFIFAの要求するあまりに高い放送権料の問題から、テレビ放送すら危機を迎えていたが、大会開幕1週間前にNHKによる放送が決定し、スペイン戦やノルウェー戦は地上波放送が組まれた。決勝は今の予定ではBSだが、日本の決勝進出なら地上波に変更編成されるかもしれない。
大会の競技や日本チームの様子を伝えるニュースも各段に増えたことは本当に良かった。

FIFAの提示した高額な放送権料が放送側の予算とあまりにつり合いが取れなかったために、日本国内の放送権は大会1週間前まで正式に決まらず、WEリーグの提案したクラウドファンディングの話題など、前代未聞のことが起きる気配すらあった。
あのままもしテレビ放送がなかったら、FIFAが正式に運営するFIFA+による配信でしか大会の様子を観戦できないとされていて、場合によってはフルマッチではなくハイライト映像のみ、しかも実況もつかないのではないかと大きな懸念があった。
またこうした配信だけだと一般の視聴者にはまだなじみがなく、一部のファンのみが視聴するだけでは国内での大会への盛り上がりも期待されないとネガティブな側面ばかりが取り上げられたのは事実だ。
さて大会が始まると、NHKはBS放送のみならず、グループリーグ首位突破を決めたスペイン戦、決勝トーナメント1回戦のノルウェー戦は地上波放送が組まれた。
もともとニュージーランドと日本の時差は3時間しかなく(オーストラリアはわずか1時間の時差)、日本国内の視聴者にとっては大変見やすい環境の大会なのだった。
おかげで日本の試合はライブでフルに全国で楽しめているうえに、このなでしこの快進撃が伴って女子ワールドカップが今一気に盛り上がりを見せ始めている。

ところで例のFIFA+の配信の話である。
結論から言うと素晴らしい!まず日本戦以外の試合もフルにライブで無料配信をしているから、ネット環境とスマホやPCがあれば誰でも手軽に楽しめる。
さらに今回は全ての試合になんと7つの言語の実況がついていることで配信は充実している。
日本語もあり、英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語というラインナップである。日本語実況の手配があるのは、出場主要国で放送がなかなか決まらなかった日本へのFIFAの配慮だったのかと勘繰るほどであるが、やはり2011年に世界一に輝いた日本サッカーへのリスペクトと考えることにしよう。
出場国の言語からすると、アジアでは人口も多い中国語、優勝経験のある国の一つノルウェー語などのサービスはない。韓国語やアラビア語のサービスもないのが事実だ。
ライブではNHKの放送で実況・解説を聞きながら、なでしこの試合を見守ったが、試合後にFIFA+で日本戦の日本語サービスを確認したら実況のみで解説はなかった。
私には勉強不足でどういったキャリアの方が実況を担当しているのかは把握していないが、おそらく現地ではない国内スタジオでの実況かなと思うが、シンプルで丁寧な実況をされていたと思う。

見逃し配信としての機能もあるうえに、なんといっても日本戦以外の試合も視聴できるので、今大会のアメリカはいつもより調子が出ないぞ、とかイングランド、オランダ、スウェーデンといった欧州勢はやはり安定した力を持っているななどと大会の模様を現地さながらに知ることもできる。
さらに7か国語も自由に選択できるので、日本対スペイン戦を改めてほかの言語で見直してみることにした。

まずは英語、ふむふむ世界では多くの人がこの英語を頼りに視聴しているのだろう。そして驚いたのがスペイン語の実況である。
日本が電光石火のごとくカウンターから宮澤ひなたが挙げた先制ゴールの時には、例のスペイン語の巻き舌で「ゴル、ゴル、ゴル、ゴル、ゴル、ゴル、ゴル、ゴル、ゴル・・・ゴ~~ル!!」の雄たけびを聞くことができたのである。
植木理子の2点目もほぼ同じ感じだったが、さらに実況はヒートアップしていった。
ゴールと雄たけびをあげ続ける時間は10秒以上、日本語の実況ではなかなか聞けないゴールへの崇拝の叫びである。
さらに3点目の宮澤のカウンターからの見事なゴールには、お決まりの「ゴラッソ~」(ゴールの中でも最高なゴールを指す常套句)が飛び出したから驚いた。
そしてとどめの田中美南の4点目のスーパーゴールにも「ゴラッソ~!!」で締めくくったからお見事だった。
普通ではスペインチームと戦っている日本のゴールをスペイン語であそこまで賞賛する実況は聞いたことがない。
あくまで推測だがFIFA+配信実況にやとわれたアナウンサーは中立の立場で正確な実況を求められているのではないか。
だからこのスペイン戦の実況は、なでしこの強さとゴールの素晴らしさを正確に表現したものであったように思う。
スペイン国内でテレビ放送されたTVE(テレビエスパニョーラ)の実況、解説を聞く機会はなかったが、日本のゴール時には「オー、ゴル」と語尾を下げた、ため息交じりの実況ではなかったかと思う。
そして最後には解説者が、この試合のスペインチームの短所を指摘し決勝トーナメントに向けた厳しいコメントを発していたのではないかと勝手に想像している。
いずれにしても普段は絶対に聞けないスペイン語による見事なサウンド効果も相まって、なでしこのゴールはさらに光輝いた。

ちなみにFIFAの大会ではHBS(ホストブロードキャストサービス)という会社組織がFIFAから指名されて全世界向けの国際信号を作成しているので、中継における実況は違っても映像についてはNHKとほぼ同様である。
ほぼというのはNHKは現地スタジアムにおそらく2から4台程度の独自で持ち込んだカメラ(ユニカメラと呼ぶ)を駆使して国際信号をベースにしながらも、その映像にプラスして日本人選手の表情やプレーぶりをより鮮明に伝える努力をしてくれているし、試合後の独自インタビューも楽しみである。
そのNHK放送の後にでも、このFIFA+の配信でもう一度なでしこのゴールをスペイン語やほかの言語でも再度振り返ったらさらに楽しいのではないか。
そして何より敵情視察ではないが、ベスト8をかけて対戦するノルウェーの戦いぶりを振り返るのもよし、さらにはその上を目指す中で、立ちはだかるであろうアメリカやスウェーデンといった強豪のチーム力や注目選手をチェックするのもいいだろう。
このようにしてNHKの放送に加えてFIFA+の配信映像もまじえて女子のワールドカップの魅力を満喫したいものである。
本来なら男子と同じように全試合を日本の放送局や配信会社が無料で放送できる土壌が整うといいが、いつも言うようにまだそこは道の途中であるのは間違いない。
しかしそこを今大会はFIFAが充実した完成度の高い試合配信を実施していることは素直に評価したいと思う。
果たして次の試合のなでしこのゴールに、スペイン語実況はどのようなコメントを付けるのか?今から楽しみで仕方がない。
ゴラッソ―!!の雄たけびが全世界に配信されることを期待している。

追記)
NHKが、現地に中継カメラ数台を持ち込んでの放送と考えていたが、実はそうではなかったことを知らされた。
ユニカメラは使用しないで、現地のHBS制作の国際信号のいろいろなカメラの単独映像を受け取って、それを東京で切り替えて放送していたそうである。例えば、池田監督カメラであるとか、特定の選手のアップカメラなどの映像をホスト制作局から権利として受け取っていたとのこと。今では複数の映像を圧縮するなどして、一斉に回線で現地ニュージーランドから東京へ送ることは技術的に可能である。単独インタビューに関しては現地雇いのスタッフにより、インタビュアーとカメラを1台出して実施したそうだ。
急な放送決定にも、このように対応できるようになったのだから、便利な時代になったのはありがたい。


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