column

FIFA女子ワールドカップの風⑤ ~なでしこベスト8の意味とは~

1か月にわたるFIFA女子ワールドカップはスペインの初優勝で幕を閉じた。
2023年8月、なでしこが見た景色はベスト8だった。
グループリーグを3戦全勝、得点11、失点0、しかも今回優勝を果たしたスペインを、なんと4対0と撃破しての決勝トーナメント進出だった。1回戦ではノルウェーを破り、ベスト4を賭けた準々決勝で大会3位になったスウェーデンに敗れてベスト8にとどまった。
その戦いぶりは極めて印象的で誇らしく、フェアーなプレーもまた評判になった。

なでしこの場合、2011年ワールドカップ優勝という金字塔の十字架が常に付きまとう。今大会はチームとしての潜在力に疑問視する向きもあって、チームとしての目標はベスト4以上というものだったが、メディアはじめ一般には厳しい見方をされていたのは事実だろう。
そうした現状を象徴したのが、日本における放送権が大会直前まで決まらない前代未聞の事態である。背景にはFIFAとの放送権の仕組みが変わり、その他FIFA案件とのパッケージ契約から単独放送権に変わったことがあった。さらにはFIFAの要求する、その放送権料があまりに高価で、放送する側との収支バランスに全く合わないものとなり、これは日本のみならず欧州各国の放送局もなかなか要求額にこたえることができずにいたほどだ。いずれにせよ日本では、大会1週間前にようやくNHKとFIFAで妥協案のような形で放送が決定した。
妥協というのはNHKが支払った放送権料は当初FIFAが要求していた額には遠く及ばないことは想像に難くなく、NHKがBS並びに地上波まで編成し、民放なら到底実現できない緊急対応を約束したことにFIFAも納得したとみている。
そうした大会前までのややネガティブな話題が渦巻く中、2011年の十字架を思い出させる報道も多くあった。
サッカー協会の現在の女子委員長である佐々木則夫氏は、2011年当時の監督であったが、今の女子サッカーに関して、あの時からの12年間、徹底した組織的な強化がなされなかったことも認めている。確かにサッカー選手登録の数字も伸び悩んでおり、子供の時にサッカーを始めても高校年代には辞めざるを得ない様々な環境の改善も遅れている。
そして、あの2011年より格段に選手の個々の技術は上がっていると当時の選手やマスコミが言えば言うほど、であれば世界の進歩との差が取りざたされた。


それでも、今大会のなでしこは奮闘した。参加国も24チームから32チームに拡大した中で、グループリーグでは抜群の安定感を見せ、一躍大会の主人公になる予感がした。
しかし残念ながらベスト8で敗退し、またも世界一は4年後におあずけで、若い次世代の成長に期待ということに収まっていく。
確かに2011年の世界一というのは歴史的な快挙であったが、その後12年の間に、女子サッカーを取り巻く環境は全世界的に大きく変化してきている。もともと強かったアメリカや欧州ではプロのクラブチームによるリーグ戦も活況を呈し、底辺の拡大のみならずトップレベルの底上げもすさまじいスピードで進んできた。
日本はどうか。わずか2年前、2021年に初めて女子のプロサッカーである”WEリーグ”がスタートしたばかりである。今回のなでしこにはリバプールやバイエルンミュンヘンといった欧州の強豪クラブでプレーする選手もいるが、多くの選手はWEリーグでプレーしているのだ。通算5得点で大会得点王に輝いた宮澤ひなたはマイナビ仙台レディースでプレーしているから、WEリーグのスタジアムに足を運べば間近でそのプレーぶりを見ることができる。しかしWEリーグの平均観客数は1500人にも満たない現実がある。

思えば男子との比較は無意味とはいえ、男子は7回出場したワールドカップで、いまだにベスト8に進出したことがない。
そのワールドカップにはいくつもの歴史とエピソードが残されてきた。
初めて出場を決めた1998年ワールドカップ当時には、中田英寿が「代表のゲームもいいが、皆さんJリーグもどんどん見に来てください」と語った。トップばかりではなく、すそ野を大事にしてほしいという本音だったであろう。2002年日韓ワールドカップで自国開催という歴史を経験しベスト16も達成した。それ以降、飛躍的に子供たちがサッカーを始めて世界を目指すようになった。その後日本はアジア枠でのワールドカップ出場の常連となったが、2006、2014グループリーグ敗退は残念であった。特にジーコジャパン、ザッケローニジャパンの時代には海外で活躍する選手をはじめ最強と呼ばれるほど戦力が充実していたはずだった。どちらも初戦における、たった一つの敵ゴールで流れを大きく変えさせられたのは、世界で戦う経験不足だったのだろうか。
また2010、2022とベスト16こそ達成したがベスト8の壁はいまだに破れないでいる。いずれもベスト16のところでPK戦による敗退で悔しい思いをしたが、それも実力と言われた。特に記憶に新しい2022カタール大会でのドイツ、スペインを撃破した活躍は、「三笘の1ミリ」など、素晴らしいエピソードを生み出したが、期待されたべスト8という新しい景色を経験することはついに叶わなかった。
ベスト8進出を果たす実力があれば、時の利を得ることでベスト4あるいは決勝進出も夢ではないということも事実だ。今回のなでしこの躍進をみれば、そういった意味合いがわかると思う。もしスウェーデン戦で勝利していたら、決勝進出も夢ではなかったのではないか。
その一方で、イーデンパークでの「スペイン対スウェーデン」、シドニースタジアムでの「オーストラリア対イングランド」の準決勝を見たら、やはりことはそんなに簡単ではないことも痛感した。
ましてやつい先ほど終了した決勝戦での、スペイン、イングランド両チームの痛烈なフィジカルの強さに90分体力が保てるのかと考え込んでしまう。戦術、技術、身体的な高さ、強さ、欲張りだが、やはりこれから世界一を目指すには全てが必要になりそうだ。

ただはっきりしているのは、どんな時も常に歩みを止めてはいけないということ。
どんなスポーツでも、いかなるアスリートでも戦う以上、いつでも勝利を目指している。そして一番になることはアスリートにとってもファンにとっても、メディアにとっても最高の気分にさせてくれるのは間違いない。2011年世界一に輝いたなでしこ、女子サッカー界はひょっとすると、その歩みを止めてしまったのかもしれない。もちろん個々の選手はそんなことはないというに違いないが、日本サッカー界全体で見て果たしてあの遺産をたいせつにはぐくんできたかどうかは疑問である。
世界一や金メダルでなくとも、今持てる精いっぱいの力を発揮している全てのアスリートたちは輝いている。
目指すゴール、頂点に到達するのにはあらゆる積み重ねが必要だ。それは個人もそうだが協会や組織の努力も含めての話である。
「なあんだ、結局はベスト8かあ」「いやあベスト8はすごい」「また今度に期待」「スペインに勝ったのだから優勝していてもおかしくないよね」・・。
スポーツを見る側はそうしたファン心理で様々なスポーツシーンを楽しんできたに違いないし、それでいいと思う。
ではアスリート側、個人と協会などの組織の姿勢はどうであるべきか。
サッカー協会は女子の選手登録数を増やすための様々な改革に取り組み始めている。女子の高校世代の大会の見直し、小さな子供たちに人気のあるディズニーとのタイアップ企画で、まずはボールをける楽しさを味わってもらう機会の拡大にもトライしている。
そして選手たちは、ようやくプロでお金をもらいながらサッカーをする環境の充実と共に責任を伴いながらプレーをしている。
もはやスーパーマーケットのレジ打ちのバイトをしながらサッカーをする日本代表など存在しない時代にはなった。しかし昔のようなアマチュアでももっとうまくなりたい、さらに技術を上げたい、強くなりたい、負けたくないという志こそが、見ている人の心を打つことができる原点であるように思う。
今は志半ばで終わろうとも、くじけずに前を向いて、また一つずつ歴史を重ねていくことを信条にする姿、真摯に日々を紡いでいくことにこそスポーツをする意味があると私は信じているし、少なくともその姿勢を今回の女子ワールドカップの中のなでしこに見出すことができた。ベスト8で不満でもなく、十分満足でもなく、妥協しないで先へ進み挑む思いが大事などだと考える。
そのように今回も、またスポーツから人生を教えられた。
だからこそ、いつも真剣に取り組み決して歩みを止めないアスリートたちに期待し、応援したいと思うのである。



-column