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FIFA女子ワールドカップの風② ~GLTも証明したGK山下の超ファインセーブ~

なでしこジャパンの快進撃は止まらない。
決勝トーナメント1回戦でノルウェーを3対1で降してベスト8に進出を決めた。
1995年大会の優勝国で古豪のノルウェーは高さを武器にしており、前半15分、日本にオウンゴールで先制を許したが、20分には右からの早いクロスボールに合わせた見事なヘディングシュートを決め1対1の同点に追いついた。
GK山下のセーブも及ばず、日本は今大会初の失点を喫し、そして試合は互角といってもよい展開になった。
しかし後半に清水理沙が積極的な攻撃参加から相手ボールを奪い電光石火のゴール、さらには攻めるしかないノルウェーから見事なカウンター攻撃で、宮澤ひなたが決めて3対1とした。彼女自身この大会5得点目は、なでしこの勝利を大きく手繰り寄せる貴重なゴールとなった。

しかし当然勝負をあきらめないノルウェーの捨て身の攻撃が始まる。ロングボールを放り込んで頭に合わせながらゴールを狙う迫力はすごい。
平均身長差は日本より高く170㎝台の赤いユニホーム集団が日本ゴール前に押し寄せてくる。
そしてアデイショナルタイムに、ノルウェーの決定的なヘディングシュートを日本のGK山下がゴールライン上ぎりぎりで片手ではじき出すスーパーセーブが飛び出した。
左に横っ飛びしてかろうじてはじき出した超ファインセーブは、その直後に国際信号の映像で確かにゴールラインを割っていなかったことが証明されて全世界の称賛を浴びることになる。そして日本はベスト8進出を確実なものにした。

その映像というのはGLTと呼ばれ、VAR(ビデオアシスタントレフェリー)の判断基準に活用される技術の一つである。
GLTとは「ゴールラインテクノロジー」の略で、ゴールマウス付近に設置された映像分析用カメラ7台程度を使用して、単純にゴールラインをボールが完全に通過したかどうかをほぼ瞬時に解析し、アニメ映像化できる優れたシステムである。
テニスのサーブがオンラインかどうか瞬時に解析し判定に採用されているものと同じもので、通常はホークアイ社が開発し運用しているものである。
VARは複数の映像を主審やVAR審判が数回念入りにチェックするもの(特に微妙なシーンは主審がオンフィールドレビューでモニターを直接見て判定する)が中心だが、2022大会から半自動オフサイド判定システムが採用されて、試合ボールに埋め込まれたチップが反応し、人間の目を超越したミリ単位の身体の位置でオフサイドか否かが見極められるようになった。
同じようにGLTも主審や線審の肉眼では到底判明できないようなゴールライン上のボールの位置を、機械の目はクールに再現するから大したものだ。
1966年ワールドカップ・イングランド大会決勝戦の「イングランド対西ドイツ」において、イングランドのハーストのシュートはクロスバーを叩いてほぼ垂直に落ちた。
判定はゴールラインを割ったとされて貴重な得点となったが、ドイツ国民はその後半世紀以上もノーゴールだと信じている。
大事な世紀の試合におけるゴールライン上のボール通過の判定は世界を揺るがすほどのインパクトがある。
しかし人間の目には限界があるのは事実だ。
だからこそその後、サッカー界は必死にこうした判定の公平性、透明性を追い求めてテクノロジー開発に力を入れてきたのだ。


GLTシステム自体は、FIFAの大会では2012年日本開催のクラブワールドカップで初めて試験運用されて、2014年ワールドカップリオ大会から採用されたもので目新しいものではない。
しかし2022年ワールドカップカタール大会では採用したというアナウンスもなく、場面としても登場しなかったから、使用していたのかどうか確認は取れていない。
あくまで個人的な意見だが、あの三笘の一ミリの時のボール位置はゴールか否かの対象外ではあったが、ピッチのエリア的には、GLTカメラが採用されていて特別用途使用すれば解析できたのではないかと思っているほど、GLTは1ミリの誤差もない正確さを持っている。

さてこうしてベスト8に進出した日本の準々決勝の相手を決める「スウェーデン対アメリカ」の試合をFIFA+配信で固唾をのんで見守った。
英語やスペイン語で観戦する余裕もなく、日本語実況で両チームの選手の名前やプロフィールを少しでも多く覚えようとした。

勝ち上がったチームが日本と対戦する、この激闘は0対0のまま延長戦でも決着がつかずPK戦にもつれ込んだ。
壮絶なPK戦の決着がまたドラマチックであった。サドンデスになった7人目、後攻のスウェーデン7人目FWフルティグのキックをアメリカGKアリッサ・ネイハーンが止めて、サドンデスが継続すると思われたときに、主審がVAR確認を求めた。
一度GKがはじいたボールはゴールライン上に舞い上がり、そのボールを必死にGKは掻き出したのだが、それはゴールラインを通過したか否かが、大変微妙な位置に見えたからだ。
こうした時のために開発されてきたVARの手段の中でも最適なGLTの発動だ。
このシステムは映像を何回もリピートして目視するわけではないので、すぐに答えは出る。
もちろん主審がオンフィールドレビューする必要もない。
それでも慎重な確認の時間が流れた後、結果はインゴールの判定!
劇的な瞬間で発動されたGLT映像は、確かにボールが完全にゴールラインを超えたことを全世界に放送を通じて瞬時に証明した。
あと1ミリボールがキッカー側にあったら、GKのセーブが認められるような、機械でしかとうてい再現できない裁定であった分、残酷でもあった。

本当に奇跡的なボール位置を描き出したGLTを各国メディアも大きく取り上げて、「フルティグの1ミリ」と話題になった。
王者アメリカはワールドカップ3連覇を逃し、大会史上初めてベスト4入りさえかなわないという悲しい結末を迎えた。
2019年大会の伝説、ラピノーが、モーガンが涙にくれた。
こうして8月11日に行われる準々決勝、日本の相手はスウェーデン(FIFAランク3位)に決まったのだ。

日本に有利な条件はいくつかある。
スウェーデンより試合日の間隔が1日長いこと、かつスウェーデンはアメリカ戦で延長からPK戦という激闘を経て、オーストラリアからの移動があることなどである。
日本はニュージーランド内で戦いを続けておりオークランドで待ち受ける上に、もしスウェーデンに勝利すれば同じオークランドでの準決勝に臨むことができるのだ。
日本の不安材料といえば、まずノルウェー戦よりも身長差があること、しかもノルウェーよりスピード、質の高さもあるということ。
2年前の東京五輪でも、日本は準々決勝でスウェーデンと対戦し、1-3で敗れている。この試合にも出場している長谷川唯は、「オリンピックの時もクロスからの失点が多く、高さを活かしたサイド攻撃に要注意だと語っている。

ベスト8以上の戦いはもはや何が起きるかわからないし、ボールのほんのひと転がりの差、まさしく1ミリ足が伸びるか、わずか0.5秒でも相手より早く追いつくかが勝敗を分けるのであろう。
VARで判定が覆るかもしれない。半自動オフサイド判定でどちらかのチームのゴールが取り消されるかもしれない。
GLT判定で奇跡のゴールが認められるかもしれない。そしてPK戦もあるかもしれない。
勝負の行方は神のみぞ知るということなのだろう。
ただ私は今回のなでしこは決勝戦の地、オーストラリア、シドニースタジアムにその姿を現している映像しか浮かんでこない。
もちろん確たる根拠はないが、なぜかそんな気にさせてくれるほど、なでしこの活躍に、今心を動かされている。


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