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ミラノ・コルティナ五輪の魔法④ ~マリニン惨敗にみえた、キスアンドクライの風景~

男子フィギアフリーの決勝は、史上稀なほど意外な結末が待っていた。
2年間無敗の王者で4回転の申し子とまで言われたマリニン(アメリカ)が8位に終わった。
優勝候補としては珍しい惨敗と言って差し支えないだろう。

ショートプログラム(SP)では順調に首位をキープし迎えたフリー。
6種類7本の4回転ジャンプを予定し、冒頭のフリップは成功し場内は沸き立つ。
続くジャンプは2022年北京五輪で羽生結弦が挑みながらも失敗した4回転半(クワッドアクセル)だ。
オリンピックでは初の披露だが、これまで成功した実績があるだけに世界が期待した。
しかし何とこれが1回転になってしまうと、その後は2度も転倒するなどフリーの順位は驚きの15位だった。
試合後本人は「緊張と重圧で押しつぶされそうになった」と明かした。

「4回転の神」とも呼ばれる21歳が、公式戦の個人で優勝を逃すのは、実に2023年11月以来のことだ。
「今は、何が起きたかを確認し、これからどうしていくべきかを考えるしかない」。
快進撃を続けてきた絶対王者は、残酷な現実を受け止めきれていないようだった。

ここ2年以上負け知らずでも、五輪独特の緊張感にのみ込まれたのだろうか。
演技前の構えに入った瞬間、過去のトラウマが全て押し寄せるような感覚に陥ったという。
どう対処すればいいか分からなくなったという21歳は、「金メダルの期待を背負うのは、特に私の年齢では大変なこと」とも吐露した。
本調子ではないながら米国の連覇に貢献した団体を含めると、7日間で4度目の演技には体力的な負担も大きかったのだろうか。

落胆の演技の後、結果のコールを聞いたマリニンは、優勝が決まったカザフスタンのシャイドルフを熱く抱擁してその金メダルを讃えた。
その健気さに心を打たれた。
21歳ながら王者として君臨してきた者の態度として立派であるとも思った。
その一方で、マリニンの父親は息子の信じられない失敗演技に絶望したのか、得点発表を待つ場所(キスアンドクライ)でも息子を慰める様な抱擁は一切なかった。
現実を受け入れられないように、隣に座ってただ首を横に振るだけであった。
マリニンのコーチは、元フィギュア選手の父ロマン・スコルニアコフ氏で1998年長野、2002年ソルトレーク大会にも出場したオリンピアンである。
ちなみに母親はタチニア・マリニナで同じく元フィギア選手でGPファイナルに優勝したこともある。

このキスアンドクライにおける、息子の隣で頭を抱える画像が拡散。
ファンから非難が殺到する事態となったらしい。
イタリア紙「コリエレ・デロ・スポルト」は「マリニンのコーチである父親の行動にインターネット上は激怒している。
両親からのプレッシャーがあまりにも大きい」と題する記事を掲載。
「世界中から注目される中で、マリニンは外部からの重圧、そしておそらくは何よりも内部からの重圧に耐えられなかった。試合後数時間で、彼の父親でコーチのロマン・スコルニアコフの写真が拡散した。彼は息子を必死に抱きしめるのではなく、自身の髪の毛をかきむしっている。あの時、マリニンが求めていたのはただ慰めだった。しかし、それは全く得られなかった」と批判的に報じた。

 さらに米誌「ニューズウイーク」は「マリニンの父親、息子のオリンピックでの失態後の行動で批判に直面」との記事を掲載。
「スコルニアコフとマリニンの写真が試合後に拡散され、父親が息子の五輪での失態に明らかに動揺している様子が映し出されていた。ソーシャルメディア上のファンはすぐにコメント欄に殺到し、マリニンの敗北を自分よりも深く受け止めているように見えるスコルニアコフを激しく非難した」と記した。
その上で「父親失格。息子を抱きしめて支えるべきで、フラストレーションや劣等感を抱かせるべきではない。この子(マリニン)を見ると、本当に気の毒だ」「頭に浮かぶのはただ一つ、かわいそうな子。リンクから降りた途端、何の慰めも感じられなかった」「あなた(スコルニアコフ氏)はコーチである前に父親です。こんなふうに振る舞うべきではありません」などファンによるコメントを紹介した。

マリニンに追いつけ、追い越せと精進してきた日本の鍵山優真は、そのマリニンの一つ前で演技した。
ショートプログラム(SP)2位につけており、金メダルのチャンスに賭けていた。
マリニンに打ち勝つために4回転フリップも演技に加えた。
しかしその演技は失敗ジャンプも多く得点が伸びず、演技終了後にいつもの鍵山スマイルは一切なかった。
そんな鍵山をコーチでもある父親は、決してベストな演技を披露できなかったであろう息子の心情を思って無言のまま優しく抱擁して出迎えた。
マリニンの父と同じく鍵山正和さんは元フィギアスケータ―である。
1992年アルベールビル、1994年リレハンメル出場のオリンピアンで、2018年に脳出血を発症した後遺症で左半身にまひが残る後遺症を抱えながらコーチとして息子を温かく見守ってきた。
得点を待つキスアンドクライでも鍵山の表情は一向に晴れない。
そして得点がコールされた時に、珍しく鍵山はがっくりとうなだれて悔しさをにじませた。
その時も父は息子の様子を無言で優しく見守った。
この時点で2位とメダルは確定したものの、シャイドルフに後塵を拝して金メダルの可能性は全くついえただけに、鍵山の落胆はよく理解できた。

しかしその数分後、その鍵山の表情が一変する。
マリニンの信じられないような失敗演技が終了し、全体の結果がコールされた。
ここまで3位につけていた佐藤俊が、マリニンの8位後退を受けてそのまま銅メダルが確定した瞬間のことだ。
リンク脇で見つめていた鍵山は、隣で状況がのみ込めない佐藤の体を揺さぶった。
「メダルだよ!」。鍵山は銀、佐藤が銅だ。
日本勢としてはこの種目3大会連続のダブル表彰台であり、鍵山優真は北京に次いで連続の銀メダルという快挙である。

最終順位が確定した時の鍵山の笑顔と言ったらなかった。
ジュニア時代から競い合ってきた盟友と、強く抱き合った。
まるで自分のことの様に喜び、さっきまでの自身の消沈ぶりなど吹き飛んだような喜びの表情を爆発させた。
鍵山と佐藤は22歳の同い歳だ。13位に入った三浦佳生も含めて小さいころから競技大会でしのぎを削ってきた仲だ。
前回の北京大会には肩の負傷から病床にいて参加できなかった佐藤だけに、喜びもひとしおであったろう。
カメラに映った佐藤はむしろ困惑したような表情すらあったが、鍵山はずっと佐藤のことをたてる仕草を見せ続けた。

どれもがミラノのアリーナで起きた出来事であり、その時の人間模様の事実である。
マリニンと父、鍵山と父、佐藤俊と鍵山、シャイドルフの感情を映し出した中継映像。
私はそれぞれ中継に映し出された事実を非難し、また取り立てて賞賛するつもりはない。
つまり、どのリアクションにも人間の持つ強さ、弱さ、優しさ、喜び、悔しさというものが一気に噴き出したに瞬間だったと思うからだ。

オリンピックのような大舞台では様々な喜怒哀楽が生まれ、ことさらに注目を浴びるのは仕方がない。
そして観る側にも色々な感情が生まれて、それがゆえに純粋な感動も生まれることもあれば、批判も時に巻き起こる。
選手やその関係者に対する誹謗中傷があまりにひどいSNSに関する問題も大きい。

ただ忘れてならないのは、つい先ほどまで行われた演技と同じように、人間の持つ感情や行為に完璧なものなどないのだ。
だからこそマリニンは4年後の雪辱を目指すと信じたい。
マリニンの父がバックヤードで傷心の息子を熱く抱きしめたとも思いたい。
そして鍵山、佐藤もまたそれぞれの新たな目標に挑むことだろう。

そしてこのミラノ・コルティナ大会のどの競技会場でも、どの競技においても似たような人間らしさがにじみ出るようなシーンが生まれているはずなのだ。
極限の状態まで追い込んでそれぞれが臨んだスポーツの祭典であるがゆえに、オリンピックにはアスリートとその関係者の悲喜こもごもが溢れかえっている。
特にフィギア会場におけるキスアンドクライは、そこに渦巻く感情が世界中に映し出される。
長い年月をかけてきた努力とその思いを4分の演技に託した後で、評価を待つ場所。
キスアンドクライとはまた言い得て妙なネーミングだと思う。その場所には多くの泣き笑いが生まれるからだ。
4年に一度のチャンスであることも、ひと際プレッシャーを増幅させたのかもかもしれない。
しかしその分勝利した時の喜びは言い表せないほどだろう。そしてその逆の悲嘆も窺い知れる。

だから観ているものにとってのオリンピックも面白いと、あえて言わせてもらう。
それは私たち人の全ての営みの中で現れるであろう、人間らしい感情への共感がそこにもあるからだ。
人間がすることに完全や絶対はない。
しかしどのアスリートもコーチを含む関係者も全力で競技に取り組み、周到な準備を重ねてきたことだけは間違いない。
それでも競技の順位のなかの勝者と敗者は必ず生まれる。 
大切なのはその瞬間で全てが終わるわけでもなく、人生は続いていくということ。
今この時の、競技としての勝敗、メダルの色が決まっただけなのだ。
だからこそ、その時々の振る舞いにこそ人間としての価値も問われると言ったら言い過ぎだろうか。

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