Essay

シリーズ・記憶の解凍⑧「 日本ラグビーワールドカップ中継の黎明期から現在」~日本のトライが消えた日~

記憶の解凍とは、白黒写真をAIでカラー化して蘇らせて、記憶を鮮明に継承していく東京大学のプロジェクトのことである。

日本のトライが決まった!
しかし現地スタジアムにいる人達、海外で中継を見ていた人を除いて、そのシーンをリアルタイムに観ることができた日本国内の視聴者はいなかった。
日本は未明の3時に、フランスのボルドースタジアムからの映像と実況はテレビ局に届いていたにも関わらず、日本テレビの放送はそれをきちんと見せることができなかった。
日本のトライが消えてなくなった!
2007年9月25日、第6回ワールドカップ「日本対カナダ」戦の出来事だ。
日本代表もまだワールドカップでは1勝しか挙げられなかった時代、そのテレビ放送の黎明期に起きたことを、私は今でも忘れられない。

ラグビーのワールドカップは1987年から開催されて、今年のフランス大会で10回目を迎えようとしている。
第1回大会は、オーストラリアとニュージーランドで開催されて16カ国が参加した。
この大会は予選がなく、ラグビーの盛んな7か国と、9つの国が招待されたものだ。
日本も招待されて出場し、アメリカ、イングランド、オーストラリアと対戦したが、勝ち星無く3連敗だった。
1991年の第2回大会から予選も始まったが、日本は出場を果たし、ジンバブエを52対8で降して初勝利を挙げた。宿澤広朗監督のもとキャプテンは平尾誠二氏で、両名とも早くに亡くなられたのは残念だ。
1995年の第3回大会では、ニュージーランド(愛称オールブラックス)に17対145という歴史的な敗北を喫したのも、歴史の事実である。

その後は2015年大会まで1勝も挙げることができなかったが、ついにこのイングランド大会で、日本は優勝候補の南アフリカを34対32で撃破する番狂わせを演じてみせた。
そしてサモア、アメリカにも勝利するが、残念ながらスコットランドに負けて決勝トーナメントには進めなかった。
そして日本開催の2019年には、ロシア、アイルランド、サモア、スコットランドに勝利して念願のベスト8入りを果たしたが、優勝した南アフリカに敗れた。
それでもジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)率いる日本代表は一大旋風を巻き起こした。

苦難の道を歩みながら、日本ラグビーは確実に成長し、世界にも引けを取らないチームへと進化していったのだ。
他の団体球技、例えばサッカーと比べても、1993年Jリーグ開幕、2002年日韓開催におけるベスト16といった歩みよりも、若干遅れていた感もあったが、今や世界の強豪を打ち破り、互角に戦えるだけの代表チームになった。

ではテレビ放送における、ラグビー中継の歴史はどうであったか。
そもそもラグビーのテレビ中継は、全国大学選手権と日本選手権などをNHKが中継するのと、TBSが古くから全国高校ラグビー選手権を放送する程度であった。
ただある時期の大学ラグビーの早明戦、早慶戦などは人気を博し、昔の国立競技場はいつも6万人の大観衆で埋まったほどだ。
さらに社会人では新日鉄釜石の前人未到の全日本選手権7連覇を支えた松尾雄二、森重隆などが全国的な知名度を持っていた。
では日本代表はと言えば、世界の強豪の実力にはまだほど遠く、テレビ視聴率を稼ぐ競技とはかけ離れていたように思う。
またワールドカップ大会自体がまだ成立していなかったこともあり、オールブラックスやイングランドなど強豪国同士がしのぎを削って戦うワールドワイドなスポーツであるにもかかわらず、日本では、まだドメステイックな競技の印象すらあった。

そして1987年に、ラグビーも4年に一度のワールドカップが始まる。
1987年から1999年までの4大会は、NHKが日本戦全試合を放送し、第3回大会までは
生放送だったが、1999年の第4回大会は録画放送となった。ちなみに第1回大会はTBSも放送に参加した。
2003年の第5回大会はテレビ東京が開局40周年と銘打って、日本戦や決勝が録画放送された。しかし系列の少なさから日本全国で視聴することは叶わなかった。
2007年の第6回フランス大会から日本テレビが地上波放送への取り組みを開始した。
オリンピック、FIFAワールドカップはJCの取り組みが継続中だったが、各民放局は独自で次なる強力なスポーツソフトを獲得し、かつ育成していく戦略を持っていたように思う。
世界陸上、世界水泳、フィギア関連は権利保有局が手放さない流れの中で、世界の一流の大会の中で、次はラグビーだという考えのもとに、日本テレビは放送権を獲得した。
しかし、まだその果実が確実に実るかは、誰にも確信はなかったように思う。
ただ、欧州や豪州を中心に盛んなラグビーの一流大会こそ本物中の本物であり、大学ラグビーなどの隆盛の歴史を考えても競技として大変魅力があるのは間違いないから、いずれ日本でも人気のスポーツソフトになるという未来予想図を描いていた。

放送は日本戦の4試合と決勝などの合計7試合のみで、それも全て録画放送であった。
ジョン・カーワンHC率いる日本代表は初戦のオーストラリアに3対91と完敗、続く2戦も敗戦を喫して今大会も勝利への道は遠かった。
そして最終戦、対カナダに置いて、中継放送の歴史としては残念な出来事が起こった。
以下は、その件に関するウィキペディア記載の文章の引用である。まずは一般の第三者の方の客観的な記述を示すことが妥当だと考えた。この件に関する当時の記事はあまり残されていないというのもある。

9月26日未明(日本時間)に放送された日本最終戦(カナダ戦)において試合終了直前日本の平浩二のトライを、日本テレビは編集でカットして放送した。放送では日本ハレ・マキリのインゴールへのキック直後の映像からいきなり大西将太郎のコンバージョンの場面に切り替えられた。放送終了直前に申し訳程度にトライシーンのみ約10秒間の映像を流したが日本テレビには約1,000件もの抗議が寄せられ、日本テレビは同日、謝罪文をホームページなどで発表した。
「9月25日深夜 ラグビーW杯 カナダ×日本戦での中継不体裁について」と題された謝罪文によれば、約10分遅れの録画で試合を中継したが、ロスタイムが長引いたため放送枠に収まり切らなかったという。しかし、今回の大会からビデオによる判定が導入されており、従来の試合よりロスタイムが増えることは容易に想定できたといえる。また、他のスポーツ中継に例えればメダル獲得の瞬間をカットするようなものであり、NHKやテレビ神奈川などこれまでラグビーを録画中継してきた他局でも、ラグビー中継に関するこうした事態は起きていない。

正直に言うと、この記憶の解凍は気が進まなかった。
しかしスポーツ中継の進歩の歴史を知ることと、今後の視聴者にとっていい環境のスポーツ中継番組が、きちんと守られていくために、避けて通れない記憶だと思いたった。
少し詳しく説明すると、カナダ対日本最終戦のキックオフは現地9月25日16時45分(日本時間24時45分)だったが、放送は24時56分からから10分遅れ(ディレイ録画放送)で放送された。業界では追っかけ放送と呼ばれるもので、実際の生放送の進行より10分遅れて、そのまま録画放送ながら、ほぼ生放送の様に視聴者に提供するものだ。通常の過去データに基付いたラグビーの試合時間を考慮して設定された放送枠で、本来なら中身はノーカットで放送される前提であった。放送の終わりは26時56分と、ほぼ深夜3時であったから、時差の関係で視聴者数は今ほど多くは無かったと思う。
問題は、試合時間が大幅に伸びてしまったことにある。確かにこの大会からTMO(テレビマッチオフィシャル)と呼ばれる、ビデオ判定が採用されて3回もTMOがあり、時計が進まなかったこともあった。最後の日本の攻撃が途切れずに、時計が止まったままゴールに迫ったこともあった。
いずれにしても、通常よりも16分も試合時間が伸びた結果、追っかけ録画放送の尺に収まらず、最悪なことに最後の平浩二のトライは放送されなかったのだ。
録画中のビデオの尺の中で、そのまま流し続けたらトライまで行きつかない、もちろんそのコンバージョンまで入らなくなる。
トライに迫るキックの録画再生シーンから、試合の決着が決まる大西のコンバージョンのリアルタイムシーンに生で飛び降りた(そこから生の現場を選択した)から、かろうじて12対12という引き分けの結果を放送で伝えることができた。しかしこのキックが放送時間枠内で収まったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
しかし録画放送の枠設定時間の見誤りが原因というしかなく、もっと時間尺を撮っていたら・・。また、トライが決まった瞬間から生に切り替えて、そのリプレイを何とか本社再生し実況でフォローする手はなかったかなどと後では考えられたが、いずれにしても後の祭りだった。

日本テレビ初のラグビーワールドカップ中継はスポーツ局本体とはコラボしながらも、番組制作に特化していく事を目指し2007年に創設されたばかりの関連会社アックスオンが主体となって委託制作を受けた。
私は日本テレビから出向してアックスオンの初代スポーツセンター長を拝命していたので、スポーツ局チーフプロデュ―サーと共に中継統括として関わっていた。
言い訳をするつもりは全くないが、プロダクションのセンター長として考え得る精鋭スタッフを任命したし、長い期間みんなが本当に真摯に番組制作に取り組んでいたと思う。
そもそも録画放送にしたのは、ハーフタイムの時間をカットして試合にフォーカスすることで深夜の視聴者が見やすいように、かつ放送側も視聴者に逃げられないようにと考えていたのかもしれない。でも結果は視聴者に申し訳ない放送になってしまったので、今でもお詫びしたい心境だ。
当時の日本代表ラグビー同様、放送チーム全体としていい準備をしたはずなのに、まだまだ経験が足りない私たちだった。


高いチケットを買って、試合途中でスタジアムを後にすることは稀だろう。
ましてや視聴者という自分の意志でもなく、試合のクライマックスを見届ける機会がいきなり失われたとしたら、怒って当然であろう。
それが有料放送ではなく、無料放送だから許されるというものでももちろんない話だ。
そこで放送界における、録画放送にも触れておかなければならないだろう。
そもそもスポーツにおける録画放送の目的と意味合いは何であったのか解説しよう。
ゴルフ、バレーボール等、試合時間の長さのおおよその見当はつくものの、正確な試合時間はまちまちなのだ。
特にゴルフの場合、プレーオフに突入したら、それこそいつ決着がつくか等はまるで予想できない。そこで昭和、平成初期の放送は生放送枠設定を避けて、決着をきちんと見せる録画放送が主流だった。長いプレーオフになると中盤の展開を編集でカットすることはやむを得なかった。また放送終了時間が迫ってきたら、18番でスコアが並んでいるゴルファーがいても、このパットを片方が外し、プレーオフはないのだろうなどと視聴者に展開まで読まれてしまうから興味をそいでしまう。
ましてや今の時代は、現場にいる人間がSNSで呟けば瞬く間に結果は拡散するから、各テレビ局内での営業、編成などとの調整、競技団体と調整の結果、生放送がほぼ常識になった。
しかし地上波の場合、ゴールデンタイム時間などには視聴率や営業収入の観点から編成が難しい場合もあり、深夜に録画放送などは致し方ないという現実も未だにある。

少し脱線するが、1980年代に系列局のバレーボール中継録画放送で、結果がわかる最終セットのシーンが、中盤のセットより先に出てしまう放送ハプニングがあった。放送時間の半ばで、もう試合結果が出て試合終了ということになる、奇妙な放送になってしまったのだ。人的な送出再生ミスであったが、今では考えられない負の歴史もあった。
また少し主旨が違う録画放送のやり方もある。それは今年3月の野球WBCにおいて日本が優勝したが、その劇的な準決勝、決勝共に午前8時からの生放送であった。特に決勝は平日の朝だったから、仕事などで観られなかった多くの視聴者のためにTBSはゴールデンタイムで録画放送を実施した。
適格なファンサービスだったという証拠に、録画ハイライトでありながら決勝戦の視聴率は22.2%と驚くべき数字を出した。
録画放送の功罪は様々で、現在の様にスポーツはライブで!という時代は視聴者にも制作者側にも本当にありがたいと言える。

ラグビーワールドカップ中継の話に戻そう。
2007年以降も日本テレビは、2011、2015、2019年大会と放送権を獲得し、ラグビー放送に真摯に向き合ったと思う。
そして地上波でも生放送でラグビーをみせる努力の甲斐あってか、2015年には初戦で優勝候補の南アフリカを撃破する大金星を挙げた。
そして日本開催の2019年では、日本代表の目覚ましい活躍もあって、テレビ放送も信じられないほどの高視聴率を獲得できた。
日本テレビは日本代表戦を中心に全19試合を地上波放送したが、初戦のロシア戦18.3%、サモア戦32.8%、ベスト8入りをかけたスコットランド戦39.2%と高視聴率を獲得した。ちなみに南アフリカとの準々決勝はNHKの放送で、41.6%と今大会最高の数字を叩きだした。
スポーツ中継で40%超えは、FIFAワールドカップや、最近の大谷翔平らが活躍したWBCが記憶に新しいが、いかにすごい数字であるかがわかると思う。さらに日本テレビが放送した決勝戦「南アフリカ対イングランド」も20.5%を獲得し、何も日本代表だけではなく、世界のラグビーに多くの国民が大きな関心を持ったことを証明した。日本代表が強ければ、そこを入り口にして本来そのスポーツが持つ魅力にどんどんはまっていくというのはサッカーを筆頭に先例がある。日本テレビもまた2007年の苦い経験を経て、ようやく報われたといっていいだろう。

ただワールドカップの放送のみならず、機会のあるごとに代表のテストマッチや、新設のリーグワン中継にも力を入れて取り組む後輩たちの姿は頼もしい。少しでも競技の普及につながるよう、もう一度競技ルールを敢えて初心者向けのレベルで解説する事の徹底もしている。またゴールポストカメラを史上初めて設置し、いかにトライをめぐる攻防が過激な戦いであるかを映像化するなどは、ラグビーの魅力を最大限に表現したいという意欲の表れだろう。昨年7月の日本対フランス戦では、ゴール前でのジャッカルのプレーの凄さを見事に捉えたシーンが印象的だった。おっと難しいラグビー用語は説明付きでなければいけなかった。ジャッカルとは”タックルで倒れた選手のボールを奪い取ること、ただしハンドなどの反則にならないように絶妙なタイミングで行う必要がある”
そして絶対に触れなくてはならないのは、古くからラグビー放送に力を入れてきたJスポーツが、ワールドカップについても前身のスカイスポーツの時代も含めると何と1999年から全試合を生放送してきたことだ。地上波とは形態の違う有料放送とはいえ、だからこその特性を生かしてラグビー普及にも大貢献したと思う。事実、日本テレビがラグビーの中継に参入した当初から、先行した多くの経験があるJスポーツの中継を参考にすることも多々あったと思う。何より場数が違ったからプレーの展開先を読むことに関して勉強になった。

日本テレビがラグビー中継で設置した”ゴールポストカメラ”は、斬新なアングルからの映像を生み出す。(2022年7月9日 国立競技場・日本対フランス戦より)

そしていよいよ今年はフランスワールドカップである。9月8日から10月28日まで9つの都市で開催される。2007年の時と同じ開催国で、日本代表の開幕戦である対チリ戦は、前回サモアと対戦した地トゥールーズである。サッカーをはじめ、スポーツでは本当に日本人になじみの深いフランスの小都市だ。
NHKが開幕戦と日本の初戦を含む15試合、日本テレビが日本戦3試合、決勝戦などを含む19試合を地上波で生放送する。
そしてJスポーツは有料だが相変わらず、全48試合を生放送する。
あの日本のトライが放送から消えた日から、16年の月日が経った。
この間、日本代表は先に述べたような大躍進を遂げて成長してきた。フランスでは前回の日本大会を上回るベスト8以上も期待されている。
日本テレビの後輩たちが長い時間をかけて取り組んできた成果を披露する舞台を、楽しみに見守りたいと思う。
そして2019東京大会と違って、7時間の時差があるため日本時間では深夜から未明の放送がメインとなるが、多くの視聴者に、絶対にライブで日本代表の活躍を観て欲しいとも願う。

2007年フランス大会・リヨンのプレスルームにて筆者


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