column

ボリュメトリックビデオは野球中継に何をもたらすか ~2023日本テレビ野球中継・ドーム全試合採用への期待~

ボリュメトリックビデオのオペレーション風景(画像提供:日本テレビ)
ボリュメトリックビデオのオペレーション風景(画像提供:日本テレビ)

1953年にテレビ放送が開始されてから70年が経った。
民放初の野球中継を日本テレビがスタートしたのも70年前である。
そして2023年、日テレ系野球中継「DORAMATIC BASEBALL」はシーズン中の東京ドーム巨人戦全試合において、専用カメラ98台による自由視点映像「ボリュメトリックビデオ」を実施することとなった。
日本テレビ、キヤノン、読売新聞が連携して、東京ドームの協力も得て実現した、新時代の映像トライに大いに期待をしている。

ボリュメトリックビデオとは、空間全体をデータ化し空間内の自由な位置、角度から3D映像を生成。実際のカメラで撮影できないアングルからの映像を提供することで、野球というスポーツを様々な新しい視点からも見る事ができる。
まさに、自由視点映像とは言いえて妙である。

これはキヤノンが開発したシステムで、2019年ラグビーのワールドカップで採用されたが、まだ生放送には対応していなかった。
その後NBAバスケットボールで生放送されて、さらに昨年には日テレ系の野球中継で数試合に生放送採用されて話題を呼んだ。
それが今回は全試合に生放送対応し、またGIANTS TVとHulu ではマルチアングル配信で、この映像を単独に観ることができるのも魅力だ。

具体的には360度の自由なカメラワークで、まるでグラウンド内に入り込んだ様な目線の映像であり、打撃、守備、走塁といった野球の基本的な動きを、今まで見た事がなかった
視野で描き出す。投球を打者の見た目からも映し出し、投球や打撃フォームも360度のアングルで再生し、走塁や守備の連係も自由に360度回り込むようなワンカットで表現できる、夢の技術といってよいだろう。
昨年の実際の映像表現例では、守備者は打球が来る直前まで構えを崩さずにいて、捕球に備えてポンと足を浮かせてフットワークよく飛んでくる打球に備えるプロの基本徹底ぶりを
フォーカスした。また塁上のクロスプレーにおける守備者とランナー双方の目線から表現することで、簡単に見えるプレーの奥深さにまで光を当てた。
それはプロ選手にとっても参考資料となり、これからプロを目指す野球少年たちにとっては、生きた教科書になるかもしれない。そうやって野球の奥深い魅力のとりこになっていくからだ。

実際に起きた野球の素晴らしいシーンは、今までも多くのテレビカメラによって色々な角度から捉えられ、そのプレーの本質をよりよく表現してきた。
中継開始当初は、バックネット裏から撮影していたボールを追うメインカメラではピッチャーの球筋が見えないため、センターバックスクリーン側にメインカメラを変更した。
アメリカメジャーリーグの放送を参考にしたと聞く。キャッチャーのサインが盗まれるからNGだと猛反対したチーム、監督もいたが、粘り強いテレビ局側の交渉の末に実現し、このセンターカメラは今やスタンダードとなった。
ホームランカメラは、1970年代に世界のホームラン王と呼ばれた王貞治の打球の、美しい放物線を捉えるために設置された。そのカメラは756号の世界新記録の瞬間を捉えた。
その後もカメラと録画技術の向上により、スーパースローモーションと呼ばれる鮮明な画像は、例えばピッチャーの投球の多彩な球種やフォーク、スライダーの変化、軌道を映像化したことで、アスリートの凄みを確実に表現してきた。
野球の戦術に重要な投手の継投情報を、グラウンドからは見えないブルペンカメラで視聴者に伝えたのも、審判の頭に小型カメラを特別に設置させてもらい、フィールド内の選手の動きを捉えるトライもしてきたのがテレビだ。

いずれにしても現実の球場内に中継カメラを設置するのには、物理的に不可能な場合が多い。それを球場内のプレーに影響のない様々な位置に設置した98台のカメラによって、3G合成再現した映像は、スポーツのさらなる新しい景色を提供してくれるはずだ。
ただ小型とはいえ、98台ものカメラ設置を実現するために、今回も関係者が流した汗は計り知れないだろう。

先日のWBCの数々の名シーンを思い起こしてほしい。
決勝戦、大谷翔平対トラウトのラスト対決シーンは何度見ても凄まじい。
最後に大谷が投じた、あの鋭角に曲がるスライダーの一種、スイーパーは、トラウトの眼にどのように映ったのだろうか。大谷の目線からトラウトの視野まで、ボリュメトリックビデオなら通常とは違う斬新な景色も見られたはずだ。

また準決勝イタリア戦における、源田壮亮の2塁でのタッチプレーも興味深い。
誰が名付けたか、“源田の1ミリ”と言われるあのシーンだ。
私はアウトかセーフかといった判定以上に、メキシコ選手の忍者の様に体を捻じ曲げて、タッチを交わそうとした凄いスライディング技術を、克明にもう一度、3Dでも見てみたい。
自由視点映像なら、よりため息の出るようなプロの技を再確認できると思う。
もちろん源田のタッチプレーの職人芸は言うまでもないが。
栗山監督が言う、「未来の野球少年たちがかっこいいなと、ああなりたいと野球に励むプレーを今回の日本チームはみせてくれた。それが野球の未来に繋がる」の言葉通り、素晴らしいシーンを、さらにかっこよく放送が視聴者に提供することは、意義のあることだろう。
いずれにしても、この自由視点映像を判定に反映するような方向には進めないで欲しい。
たぶん設置の条件や、何より費用面から、このシステムが恒常的にリーグ戦全ての使用球場に設置されることはないだろうから、それは杞憂というものかもしれないが。

いよいよ3月31日セリーグが開幕する。
中継カメラ約20台に加えて、ボリュメトリックビデオのために設置された98台のカメラが、満を持してスタンバイする東京ドームでは、巨人対中日戦が行われる。
長いシーズン、各チームの勝敗、優勝争いももちろん楽しみだが、野球少年たちが真似をしたくなるような華麗なプレー、視聴者が驚くようなプロの妙技、そして野球の持つ魅力にあふれたシーンが、どれだけ生まれ、人々の記憶にいつまでも残るかが楽しみで仕方がない。

テレビ開局、野球中継開始から70年が経過した。
センターカメラ、ホームランカメラ、ブルペンカメラ、スーパースローモーション、審判カメラ、そしてボリュメトリックビデオ・・。
いずれも人々が見たいものにフォーカスするために、素晴らしいスポーツシーンをよりよく映すために、テレビも70年間に渡り努力を怠らなかった。
その競技の発展、育成のために、スポーツ競技とテレビ放送の蜜月は、これからも続いていくと私は信じている。

-column