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2022ワールドカップカタール大会のVARに物申す

2022ワールドカップカタール大会のVARに物申す
2023年Jリーグスーパーカップ(国立競技場)のVAR確認中の参考写真

良かった!凄かった!感動した!
2022年FIFAワールドカップの「三笘の1ミリ」に代表される日本代表の奮闘ぶりのことだ。
優勝経験のある世界的な強豪ドイツとスペインを撃破しベスト16に進出した。
惜しくもクロアチアにPK戦で敗退し、新しい景色を見ることはできなかったが日本中を熱くさせた戦いぶりが印象に残った。
中でもスペイン戦での逆転ゴールのアシストとなった三笘の折り返しがゴールラインを割ったかどうかのきわどい判定だったが、VARの採用でラインを割っておらず日本のゴールが認められた。
テレビ観戦していた私も思わず声をあげて喜んだが、確かに中継で再生されたビデオで見てもボールは僅かであってもラインにかかっていたと私にも思えた。
その映像は若干鮮明ではないが、ゴールライン延長線上に設置されたカメラでとらえたもので、スローでみるとセーフと最終判断したのは納得がいく。
ワールドカップの国際信号はFIFAが指名したHBS(ホストブロードキャストサービス)という会社組織が全て請け負って中継制作している。国際信号とは全世界向けの中継番組といったもので国際映像とスタジアムノイズの国際音声を指す。
HBSは今回の中継に42台ものカメラを設置していた。
三笘のシーンで最初にHBSが見せたスローはいわゆる16mラインよりやや内側のカメラ(HBSの21番カメラ)で画像が鮮明なスーパースローモーションだったが、ゴールラインに対しては角度があるため(右側から撮るため対象のまさしく俯瞰からのとは見え方が違う)、ボールは割っていたように見えた。事実ABEMAの解説者だった本田圭佑さんは、その映像を見てアウトのようだとコメントした。それに対してゴールライン側の正面からみていたピッチレポーターの槙野さんは、割っていないのでは?と疑問を呈していた。
OBSがその次に中継内で見せたスローこそがゴールラインの延長上に設置されたOBS35番カメラの映像で、角度としてはラインに正対しているので正しいと言えるが、スタンドの高いところにあり無人のカメラで解像度はやや低いのは事実だ。
強引な言い方だが、ゴールラインエリアを見守る固定の監視カメラの様なものである。
その国際映像を見た本田さんが「これはセーフかも、微妙だから、それこそVARの判断だろう」と言い直したほど、こちらの映像はラインを割っていないと多くの人にそう思わせた。
それから約2分半もの長い時間を経て、主審はVARと無線でやり取りしながら最終的にゴールと認定した。
良かった!三笘の執念が凄い!感動の歴史が生まれたVARさまさま!
となるのだが、私が問題にしたいのはこれからだ。
VARに関するFIFAの運営ルールの不徹底、主審も含めた判定プロセスの曖昧さ、そして
一部メデイアも含めた、一般の方たちのVARシステムに関する誤解についてである。

まず今回の判定に2分半もかかったのは重要な判定であり仕方がないとは思う。
ただ思い出してほしいのは、今回のカタール大会でVARの一部として採用されたトラッキングシステム解析によるオフサイド判定の手段があまりにも優れものだった事だ。
名付けて「半自動オフサイド判定テクノロジー」。
このシステムなら1ミリ単位でボールの位置を断定できるということで、三笘のケースに適用したと考える人も多かったのかもしれない。

2022年カタール大会で初めて採用された半自動オフサイド判定は、試合球の中にチップが埋め込まれており、12台の独自カメラ(OBS42台とは別物)とデータ連動しながら選手を3次元的にCG化する。チップが発信するボールの出た位置関係と選手の最終ラインをCGにしてわずか数秒で再現し、しかも当該選手の膝や肘の数ミリまでを描いて見せたから驚きだ。これこそピッチの審判の人間の目では絶対に判断できない世界だと思う。
そうしたことからこのシステムが万能で、三笘の1ミリにも採用されたのだ、チップは嘘をつかない・・と多くの方がそう認識しているのは間違いなのである。
このシステムは大会を通じて、中継画面にも数秒間でCG化されて視聴者も納得していたが、三笘の場合にはこのシステムは適用外(技術的な範疇外)だったからこそ、その映像は残されていないはずだ。実際に誰もその映像を見た人はいない。
すなわちチップにより数秒でCG化判定できるものが、2分半も時間を費やしたのは、あくまで上記のシステムは使用せずに、VAR室では必死にOBSの42台のカメラ映像を検証していたからだ。
その判定の一番の根拠はやはり例の35カメラであったのだろう、FIFAは翌日に初めてこの映像スローを公式ツイッターでこれをスロー再生しフォーカスしてみせた。
ご丁寧に他のカメラのアングルだと見え方で誤解を生むという簡単なCGまで紹介していたから唖然とする。
ここまでなら既に生中継のHBS国際信号内で35カメラ映像は紹介されていたのだが、FIFAのツイッターの様に少しズームアップして何回も止め流しをして見せないと半信半疑の視聴者は全世界にいたと思う。

そこで奇跡の一枚の写真が登場した。
AP通信のフォトグラファーでチェコ人のペトル・ダビド・ヨセクさんがスタジアムのキャットウォーク(屋根裏の様な高い場所)から撮影したものだ。AP通信は5人のカメラマンをあの日ハリファスタジャムに派遣していたそうだが、いわゆるメインのアングル以外のちょっと面白い狙いのものを担当していたと思う。
その一枚が全世界に配信されて、VAR判定の正当性を証明したからFIFA関係者、審判団も胸をなでおろしたに違いない。
そして何より日本代表の感動的なシーンを切り取り、日本国中のサポーターが改めて歓喜に沸いた歴史的な映像だった。
もちろんこのAP写真は正式な判定には一切使用されるはずもなかったが、42台もあるHBS国際信号中継カメラでも明確にとらえきれないシーンを映像に残した。
蛇足ながらこの写真も1ミリ単位ならキャットウォークからの微妙な撮影位置関係で肉眼ではわからない誤差は勿論ある。
突き詰めれば、真実はいつも神様しかわからないのである。

いずれにせよ問題は、FIFAが運営をリードするVARの運用哲学である。
まずは2分半もかけたVAR判定の間、主審がモニター確認に一度も行かなかったことだ。
あれほど勝負の行方を左右する重要な判定をVAR室レフェリーに一任するなら、主審の権限とはどうなってしまうのか。
百歩譲って、人間の目では判定の限界がある例のトラッキングシステムによるオフサイド判定なら、主審が見てもVARが判断しても許されるとは思うが。
繰り返すがチップといったテクノロジーは使用せず、映像でしっかり判断するという方法をとったのだから主審はモニターチェックをして自身で判断すべきであったと思う。
そのあたりの主審がモニターを見に行くかどうかの基準は大会中も全て曖昧で、ルールも明確にされていないと私は認識している。
2016年日本開催のクラブワールドカップで初めてVARを採用した時にHBSと同じホスト制作を任された日本テレビの私たちは、FIFAのテレビ部門責任者から「全世界のテレビ視聴者が納得するやり方をしなさい、この映像を見て主審は判断したというスロー映像を必ず再生するように。他のスローも再生してもよいが誤解を生むことは避けて、最終的な判断基準の映像を国際信号に出すように」ときつく指導を受けたが、その通りだと納得した。

テクノロジーの採用、実践の歴史はそれほど長くはないとは思う。
それでもワールドカップにおいても2018年ロシア、2022年カタールと経験を経た中で
もう少し明確な運用ルールを打ち出すべきではないか。

オフサイドに関するトラッキングも重要な場面においても再生されなかったことがあった。想像だが技術的に再現できない場合があったのかもしれない。
しかしそれではフェアーではないし、疑心暗鬼を生んでしまう。
ロシア大会までは正式に使用されていたGLT(ゴールラインテクノロジー)についても
カタール大会では使用していたのかどうかさえ、正式アナウンスはされていない。
GLTはホークアイが開発したシステムを用いて、約7台の専用カメラをゴールマウスに向けて設置し、きわどいゴール判定をテクノロジーでするもので、もはや目新しいものではない。
テニスではラインを割ったかどうかは明確な3次元CGで示されて、実に明確なテクノロジー判定の定番だ。

そもそも一番重要なゴールラインを通過したか否かの判定は長く興味の的であった。
1966年ワールドカップ決勝のハースト(イングランド)、2010年南ア大会のランパード(イングランド)のシュートの疑惑からである。
ハーストのシュートはバーに当たり垂直に落ちたため、微妙な判定だったがゴールと認められた。対戦した西ドイツは猛抗議したが認められず、その後何十年も、絶対にノーゴールだったとドイツ人は主張しているほどだ。
ランパードのケースはGLTに諮らずとも、今のVARルールの様に映像で主審が確認するシステムなら100%ゴール認定されたであろう程、明確な誤審だった。
それがきっかけでGLTの開発、採用が推進されたのは事実だ。

採用したGLT技術配置の例(2016クラブワールドカップから)
GLT技術システムの例
(2016クラブワールドカップから)

FIFAがどこかのコメントで三笘のケースもGLTカメラも参考にしたと言っていたが、確かにエリアとしては適用できたのかもしれないが、実際の証明の映像なりGLTのCG画面を見ることは一切できていないから信用に欠けるとしか言えない。

またHBSとFIFAの連携という意味でも改善の余地はあるであろう。
外国発の情報で、三笘のシーンに関して、英国のテレビ局が4回ほど証拠の映像を再生しようとFIFAに懇願したが却下されたとの記事があった。
この場合中継自体は全てHBSなので、おそらくこの試合の中継クルーがたまたま英国人クルー担当のHBSチームであったと推測している。
これはあくまで個人的でマニアックな推測だが、35カメラの映像はきちんと再生しているので、ひょっとしたらGLTカメラの捉えた映像かもしれない。ゴールラインの両サイド脇(ゴールポストから2mぐらい)はGLTカメラの撮影範疇に入っているからだが、正式なゴールライン判定に該当していなかったから使用できなかったのではないか。

少し専門的かつ憶測の話になってしまったので本題に戻そう。
三笘のシーンに限らずVAR判定に持ち込まれ判定が出た後、スタジアムの観客もテレビの視聴者も確認もできずに試合が再開されることへのフラストレーションがある。
特にオフサイドなどでゴールが取り消しになったりした場合でも、テレビの国際信号でその判定ビデオやCGが再生される前に試合が再開し、運悪くプレーが途切れない場合には
長い時間その再生がされないことは不満だ。
最早NFLやラグビーの様にその数秒の再生を国際信号用に流す時間を設けて、合わせてスタジアムのビジョンにも再生したらいいのではないか。
その時間は高々20秒程度なのだから、絶対に実践して欲しいものである。

ここまで書いたようにVARとは主審という人間の目による判断を超えて、テクノロジーの眼で裁定する方法全体を指すと私は解釈している。
現在VARルールは、①得点②PK③一発退場④警告や退場の人違い、の4つに関するシーンへの介入に限定している。判定はあくまで主審が最終介入し、あくまで補助的な役割にとどまると定められている。
その判定方法が複数の多角的なアングルによる映像によるもの、GLT、ボールチップとトラッキングによる半自動オフサイドテクノロジー等で行われようとも、どれでも構わない。
しかしその適正な運用とわかりやすいフェアーな印象を与える運営についてFIFAは今一度考えを巡らせてほしい。
ことVARに関しても、ルールと哲学とは違うものだ。
哲学とは、スポーツの持つフェアネスを可能な限り機械の眼を借りてでも証明すること、
スタジアムの観客やテレビの視聴者にとってわかりやすく、共感を得られることを目指す事、ケースによってやり方は変えないで毅然と平等な判断をする事だと信じている。
そして、ゲームを裁く人間の主審が責任と権威を持って絶対的な最終判断をする、それがスポーツ競技というものだとういうことだ。
そのためにプロとしての審判の教育、技術向上は必須である。

VARに関しては最近でも話題に事欠かない。
2023年開幕したばかりの2月18日のJリーグ「広島対札幌」戦で、後半29分広島・川村のゴールは認められなかったが、VAR映像を見返すと、ゴール認定すべきだったと日本サッカー協会の審判委員長が正式に発言した。GLTがあれば明快だという意見もあるが、全試合に採用するのはコスト面や設置技術面で困難だという。
また2月23日のECL決勝トーナメント「フィオレンティナ対ブラガ」戦ではGLTがゴール認定したシーンを主審がVARによるモニター映像確認を行い、取り消すという珍事まで起きた。GLTがあっても絶対的な判定を降せなかったのだ。
イタリア紙は「馬鹿げたテクノロジー戦争だ」と報道、サッカーの判定についての波紋が広がっている。こうした矛盾をサッカー界が解決するベストな道は何かを議論する時だと思う。

最後に私は「三笘の1ミリ」は絶対にゴールラインを割っていなかったと思っている。
それは科学的な根拠ではもちろん無い。日本人贔屓からではない。APの奇跡の写真があったからでもない。
あの時、堂安の低いクロスにゴール正面に詰めた前田も追いつかず、誰もが合わなかったと
思った瞬間に、あきらめずに左サイドから驚異的なスピードで駆け上がり難しい折り返しをした三笘のプレー自体が、けた外れの献身的なスーパープレーだったからだ。
そしてリプレイ国際映像で見た印象・・それがフィフティフィフティだとしたら・・
これはどう見てもセーフと判断するのがスポーツを観る人間としての正しい眼ではないだろうか。
我々もテクノロジーも神様ではないのだから。

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