topics

ダービーのある街への憧れ  ~ミラノダービーを制してインテルが欧州チャンピオンズリーグ決勝へ~

イタリア・ミラノにあるドゥオモ(大聖堂)の尖塔にある黄金の聖母像

サッカーにおけるダービーマッチはとにかく盛り上がる。
発祥はイングランド、そもそも1780年に始まった「ダービー・ステークス」という競馬の大会が語源で、ロンドン中の人々が待ち焦がれ、多くの観衆を集めるお祭り的なイベント全般を表現する言葉として定着していったと聞く。
あるいはもっと昔からのイギリス地区での激しいフットボールの戦いから由来した、それがダービー地区で顕著だったからともいわれているが、私には定かではない。

サッカーにおけるダービーの定義は大きく「ローカルダービー」と「ナショナルダービー」の2つに別れていて、さらに「クラシックダービー」という伝統的なものもあり、バルセロナとレアルのクラシコがあまりにも有名だ。
ローカルダービーは同一の都市や地理的に近い地域に本拠地(ホームタウン)を置くチーム同士が戦う試合で、一般にダービーといえば多くはこのことを指す。海外ではマージーサイドダービー(リバプールとエバートン)マンチェスターダービー(ユナイテッドとシティ)、ミラノダービー(ACミランとインテル)、ローマダービー(ローマとラツィオ)などが有名だ。
ナショナルダービーとは、都市や地域に関係なく実力や人気で所属するリーグを代表するチーム同士が戦う試合をいうが、和製英語である。いずれにしても歴史や因縁、ドラマをたっぷり含んだライバル同士の試合を、今や人々はダービーと呼ぶのである。

そんなダービーでも特に注目の試合を、5月に2試合も観ることができた。
欧州チャンピオンズリーグ2022-2023シーズンの準決勝「ACミラン対インテル・ミラノ」戦の1stレグと2ndレグである。
このミラノダービーはイタリア・セリエAで、共にミラノに本拠地を置くACミランとインテルナツィオナーレ戦を指す。
実は、ミラノのランドマークの一つであるドゥオーモ(大聖堂)の尖塔に立つ黄金の聖母マリア像になぞらえて、”デルビー・デッラ・マドンニーナ (Derby della Madonnina)” とも呼ばれる伝統のあるものだ。
イタリア語では「ダービー」ではなく「デルビー」となる。


ドゥオーモの大尖塔にそびえる高さ4.16mの聖母マリア像は、1774年に設置されて、ミラノの街の重要なシンボルだ。ミラノでは伝統的に、このマリア像よりも高い建物を建築してはならないルールがあると聞く。
もしもより高い建物を建てる場合は、その建物にマドンニーナのレプリカを設置することで、マドンニーナがミラノで最も高い位置にあり続けるように考慮すると聞いた。
クラブに関係なく、地元の人たちはその聖母マリア像をマドンニーナと呼んで最高なものとして崇敬しているから、大事な試合はその至高であるマリア像シンボルの争奪戦といったところか。
ミラノに住む仲の良い夫婦でも、育った環境が違ったから贔屓のチームが違うことなど珍しくない。果たして夫婦の子供たちはどちらを応援するのか?それこそがダービーだ。

100年以上の歴史を持つミラノの偉大な2チームだが、チャンピオンズリーグ(CL)の舞台で対戦したのはわずかに5回。いずれも決勝トーナメントでの対戦だ。
公式戦でのミラノダービーは通算で236回行われており、インテルが88勝、ミランが79勝、ドローが69回とほぼ拮抗している。
つい最近、このミラノダービーを制して欧州チャンピオンズリーグ決勝に進んだのはインテルのほうだ。
両チームのホームスタジアムであるサンシーロ(ジュゼッペ・メアッツァスタジアム)は75000人収容だが、2試合とも超満員と盛り上がったのは言うまでもない。1990年に改装されてできた3階席の急勾配の様子を当時ACミランのゲームで取材した経験はあるが、素敵なスタジアムで何よりどの席からもピッチが近いから盛り上がる。

残念ながらミラノダービーはテレビ観戦しかしたことがないが、今回の準決勝もキックオフ前からすさまじい応援の声が響き渡っていたから選手もいつも以上にアドレナリンが出るのではないか。
さて、もう一つの準決勝ではマンチェスターシティーが勝ち、インテルとの決勝戦は6月11日トルコのイスタンブールで開催される。
両チームの決勝戦対決は初めてで、インテルは13年ぶり、マンチェスターシティーは初優勝を目指す。地元ダービーでのライバル、マンチェスターユナイテッドは既に3回も欧州チャンピオンになっているから、マンCのサポーターも史上最強とも言われる今回のチームには大いに期待しているに違いない。
果たしてACミランのサポーターはインテルを応援するのか、いやむしろマンCに勝ってほしいのだろうか、ではマンUのサポーターはどんな気持ちで決勝戦を見守るのか・・サポーター心理は全くわからない。

ミラノあるサンシーロは、ACミランとインテルの共通したホームスタジアムで75000人収容。3階席があるため客席は急勾配だが、ピッチは近く迫力がある。

さて日本のJリーグでも、横浜、静岡、神奈川、大阪ダービーといった同地域のライバル対決は注目を集めてきたし、30年の歴史でもエピソードは多く生まれた。
そもそもJリーグ初のダービーは、1993年の初年度開幕戦である「ヴェルディ川崎対横浜マリノス」のいわゆる神奈川ダービーであった。
また横浜マリノス対横浜フリューゲルスの対戦は横浜ダービーと言われて横浜エリアのサポーターを二分する熱い戦いを演じていた。
しかし、横浜フリューゲルスは1998年に横浜マリノスに吸収合併されてしまったためチームは消滅してしまうという残念な記憶が残った。
ガンバ大阪は、Jリーグ発足当時から加盟していましたが、それに遅れること3年1995年にセレッソ大阪が加盟したことで、大阪ダービーが始まった。こうした近隣地区のチーム同士の対戦は本当に盛り上がることだけは共通している。

ダービーの思い出は日本でも海外でも、各人様々であろう。
私個人の思い出としては、J1時代の東京ヴェルディのフロントにいたこともあったから、味の素スタジアムでの東京FCとの東京ダービーが懐かしい。他のチームとの対戦よりサポーター同士がより熱くなるので、運営ではトラブルが起こらないように万全の注意を払ったものだ。
ヴェルディがJ2に降格してからはJ1の東京FCとの定期的なリーグ戦対決が見られないのは寂しい。
またカズがセリエAジェノバに所属した時に、彼のセリエA唯一の得点は対サンプドリア戦、すなわちジェノアダービーにおいてだったから、今でもカズは地元の人に深く記憶されていることも思い出した。

そして、この5月14日には愛媛ダービーが注目された。
J3の「FC今治対愛媛FC戦」がFC今治の新設されたホーム・今治里山スタジアムに満員の5000人の観衆を集めた。
愛媛県に本拠地を置く両チームによる対戦は、FC今治が昨年J3へ参入したことで、Jリーグの新たなダービーマッチとなった。名称は公募により「伊予決戦」と命名されたそうだ。
Jリーグでは長く、四国にはJリーグクラブは存在しなかったから、愛媛県のサポーターにとってこれほどうれしいことはないと思う。
「伊予決戦」わかりやすく、伊予ミカン、オレンジなどの名産品などをネーミングにするよりは、よほど気が利いているとは思う。
しかし、ミラノにおけるデルビー・デッラ・マドンニーナ(聖母のダービー)の様な、地域名とは別の特別な愛称が日本のダービーでも名付けられたら、さらに面白く興味深いものになるかもしれない。
ダービーのある街の魅力や特徴が思い浮かぶような、それでいて自然体の素敵なネーミングである。

2006年には、徳島ヴォルティス対ヴィッセル神戸戦で「海峡ダービー」の名がメディアに登場した。今ではJ2のレノファ山口FCとギラヴァンツ北九州の対戦は「関門海峡ダービー」と呼ばれていて、とてもわかりやすいネーミングであろう。
この名称は元・日本代表だった中村俊輔や柳沢敦のセリエA在籍のころの報道で登場し、ACRメッシーナとレッジーナ1914との「デルビー・デッロ・ストレット」は、海峡ダービーとして日本にも紹介されたことがきっかけだったように思う。
たまたま2005年3月にセリエA中継を現地から放送した時に制作担当としてスタジアムにいた時には、レッジーナ中村俊輔と途中交代のメッシーナ柳沢敦の対戦も見ることができた。
残念ながらその試合では中村が途中交代したので、一緒のピッチに立った2人を中継することは叶わなかった。
そして何よりホームのレッジーナの、イタリアでは“ティフォージ”と呼ばれる熱狂的なサポーターが前半から発煙筒をピッチに投げ入れるなど一部暴れたため、後半もエンドを変えずに試合を同じサイドで行ったのが強烈な印象だ。
確か南側のスタンドに陣取るレッジーナのティフォージが過激すぎて、後半エンドの変わることで、アウェー、メッシーナのGKがそのスタンドに背中を向けてずっと守っているのが危険だと主審が判断したと記憶している。
私の中ではその様な試合運営を見たのは後にも先にもあの時だけで、イタリアの海峡ダービーマッチの熱狂も蘇ってきた。

いずれにしてもその街や地域に、同じように魅力的で強いサッカーチームが複数存在すること自体が、底辺拡大の歴史を物語っているといえよう。
1993年Jリーグ開幕の時のJチームは、わずか10チームだったのが60チームになり、日本にもサッカー文化が根付いてきたと感慨深く、野々村チェアマンが5月15日の30周年記念パーティーで語っていた。
Jチーム以外にもJFLや下部組織のサッカークラブは地域に広く存在し、同じエリアでのライバル同士の戦いも増えてきた。
Jリーグができる30年以上前は、ミラノダービーの存在をうらやましく思い、そうした土壌は憧れだったが今や日本中でダービーは人々をより楽しませてくれるようになった。

そう、Jリーグも30年かかったように歴史は必要だ。
それを支えるサポーターが絶対に必要だ。
さらに地元のクラブへの愛情こそが、間違いなく永遠に必要だ。
そして、その深い愛情を育む一つの素晴らしい舞台こそがダービーマッチなのだと思う。
あなたの住む街の近隣に2つのライバルチームがしのぎを削っていたとして、もしも家族の中でもひいきのチームが別れるようなことがあれば、なんとも贅沢で素敵なスポーツ文化ではないか。

-topics