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FIFA会長、女子ワールドカップの放送権に言及

国際サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティーノ会長が5月1日、スイスのジュネーブで行われた世界貿易機関(WTO)主催のパネルディスカッション『Making Trade Score for Women!』に登壇し、今夏の女子ワールドカップのメディア放送権に適正な金額を支払うように、各国の放送局に求めたと、FIFA公式サイトで発言の概要が紹介された。
『Making Trade Score for Women!』はWTOが主催したイベントで、インファンティーノ会長はWTO事務総長のエンゴジ・オコンジョ・イウェアラ博士とともに「貿易と開発の手段としてのフットボールについてのディスカッション」の部門に登壇し、サッカー界の男女平等について見解を述べた。今夏の女子ワールドカップ放送権販売についても言及し、「ヨーロッパ諸国を中心とした放送局からのオファーは非常に残念なものだ」「女子W杯の視聴率は男子W杯の50〜60%あるにもかかわらず、欧州5大国(イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン)の放送権提示額は男子の1/20〜1/100程度しかない。男子ワールドカップでは放送局が1億〜2億ドルを払うのに対し、女子W杯では100万〜1000万ドルしか提示されていない」とした。
また「放送権料は100%女子サッカーの労働条件や賃金の平等に向けたアクションに使用される」と放送権料の重要性を強調しつつ、「とりわけ公共放送は女性のスポーツを促進し、投資する義務がある」と放送権料を出し渋る放送局側を批判。「これは女子ワールドカップの偉大な選手たちや、世界中の全ての女性への平手打ち、すなわち侮辱だ」と言明した。インファンティーノ会長によると、FIFAは女子ワールドカップの賞金を前回フランス大会から3倍に引き上げた。その一方、放送局側は今もなお価値を過小評価していると主張する。

さらに「女子W杯を過小評価しないのはわれわれの道徳的、法的な義務だ。今後も公平でない入札が続くようであれば、女子ワールドカップをビッグ5などヨーロッパ諸国で放送しないことを余儀なくされるだろう。そのため世界中のすべての選手、ファン、サッカー関係者、大統領、首相、政治家、ジャーナリストに呼びかけ、女子サッカーの公正な報酬を求める呼びかけに賛同してほしい。女性にはその価値がある。シンプルなことだ」と呼びかけた。さらにオーストラリア・ニュージーランドでの試合時間は時差の関係でヨーロッパのプライムタイムではないが、朝の9時や10時といった放送時間は全く悪くないとしている。今回のFIFA会長の指摘は欧州の5大国に向けたもので、特にイギリスではユニバーサルアクセス権による無料放送義務のリストに女子ワールドカップが追加されたので、公共放送BBCはFIFAとの権利金闘争に四苦八苦しているのだと推察する。
そして今回の会長発言は、日本を含むアジアや中東などの放送には触れていない。

まずは、女性スポーツを軽視するなかれ、女性アスリートへの敬意と共に、その地位向上を訴えるのはFIFA会長の立場から言って妥当であると思う。しかし現実的にはきれいごとばかりではなく、放送と競技の関係性について何らかの解決を見出す必要があると思う。
すなわち放送する国の放送局の分析する視聴者のニーズや、放送権料を含む番組制作費に見合う放送権料設定を再度検討する必要があるということだ。昨年11月に女子ワールドカップの無料放送を原則とするとFIFAは明らかにしている。今回インファンティーノ会長が名指しで非難した欧州5カ国の無料の公共放送は、明らかに有料放送配信などとはスキームが違う。主に国民の受信料で賄い、広告収入を併用する公共放送もあるが、収入と支出のバランスが求められる。有料の放送は、加入料金やネット広告料で収入を確保しながら、放送権を中心とした制作費を捻出し運営される。
ただそのイベントの単体収支で考えない長期的な視野での先行投資と捉えて、高い放送権を支払うケースは増えてきた。
日本でも先の男子ワールドカップでのABEMAが本来の有料放送からプロモーションとして無料放送にしたことが一例であろう。単体収支なら放送権料の高さから考えれば、当然大赤字であったはずだ。
そして公共放送はやはり受信料ベースで運営されるうえに、その国の文化事業全般を考慮しつつ、国民全体のニーズをくみ取り番組編成をする責務もあるから、スポーツ専門チャンネルの様な取り組みも難しい。
日本のNHKも受信料で運営されているため、高すぎる放送権料のスポーツソフトはもはや単独での獲得が難しい現実がある。
インファンティーノ会長が言う男女の放送権格差は、ワールドカップの選手や世界中の女性への平手打ちであるという言い方(This is a slap in the face of all the great FIFA Women's World Cup players and indeed of all women worldwide.=FIFA公式サイトからの原文引用)について、やや強引と考えるのは以上の様な事情があるからだ。
欧州で男性のサッカーの現在の人気と女性のサッカーとでは放送権料という物差しで考えるスポーツソフト価値が違っても仕方がない。確かにFIFAのようなスポーツ団体組織にとって放送権収入は大事なものだ。ワールドカップなど大会ごとに出場チームへの賞金や出場給、各国協会への援助金など競技発展のために100%使用するというのは事実だろう。
そのこと自体は間違っていないが、大会規模を24チームから32チームに増やし、テレビの中継体制が肥大化したりなどしてきた現実は直視しなくてはいけない。大会運営費用を主に放送権に依存するのなら、やはり各国の事情に応じた適正放送権価格の再考、さらにはテレビ中継制作も含めた運営費用の見直しも必要な時期なのかもしれない。

放送権に反映されるようなスポーツソフト価値はさておき、女性と男性チームの格差は現実にもっと具体的にあった。ロンドンオリンピックに参加した日本サッカーでは、男性選手たちは移動の際にビジネスクラスだったが、女性選手たちはエコノミークラスであった。また出場給に関してもあまりに格差があるとも言われてきたから、女性スポーツの更なる支援と共に男女格差解消は目指すべきである。しかしやはりスタジアムでの入場者数や、テレビ視聴率から考えるニーズ、広告収入などの脆弱さなど女子のサッカーにはまだまだ課題がある。
今回は欧州の放送局をターゲットにしたFIFA会長の言及であったが、私が強く関心を抱いているのは、日本でも放送権料のオファー値段を語る以前に、今回のワールドカップの放送局が決まっていないことからだ。日本と開催国オーストラリアの時差はわずか1時間、ニュージーランドとでは3時間である。なでしこジャパンの初戦である対ザンビアは、ニュージーランドで7月22日土曜日の現地19時、日本時間16時からであるから時差の問題はあまりないどころか視聴には絶好な時間帯である。
決勝戦は8月20日日曜日のオーストラリア20時、日本時間19時キックオフというゴールデンタイムである。

おそらく無料放送という原則から手を出せない、かつ加入者に無料で展開するには高すぎる放送権料に二の足を踏む有料配信会社、かたや無料放送は可能でも放送権から見た収支のバランスから決断できない従来の地上波放送局・・。FIFAは日本向けの放送権料を何とか下げてでも放送する局を決めたいがために、欧州の放送権料つり上げを要求したのかもしれないなどと、何一つ根拠のない妄想までしてしまう。
いずれにしても2011年に世界一に輝いた実績のある、なでしこジャパンの放送権が未だに宙に浮いている。
開幕まであと2か月余り・・本当に日本で女子のワールドカップ中継が観られない事態になってしまうのか。
であればあまりに悲しいではないか。

<5月30日追記>
日本国内でのテレビ放送がいまだに決まらない・・。
7月20日の開幕まで50日を切っている中、国際サッカー連盟(FIFA)の幹部からも批判の声が上がった。
オーストラリア『デイリー・テレグラフ』では次のような記事をウェブサイトに掲載し、FIFA最高経営責任者のロミー・ガイ氏の発言を紹介した。
「日本は女子サッカー界における優秀さの代名詞となっている。彼女たちは2011年のFIFA 女子ワールドカップで優勝し、その4年後には準優勝した。なのに大会開幕まであと2か月を切ったが、日本に現在、放映する局がないというのが私を悲しませる理由だ」
「日本のサポーターはトップレベルのサッカーの試合を一晩中見ていることに慣れている。そもそもトーナメントはオーストラリアとニュージーランドで開催されるため、日本のファンは潤沢な放送枠で世界最高の選手たちを観戦する機会が得られるはずだ」
現状では日本の他にもイタリア、ドイツ、スペイン、フランスなどでも、いまだに放送権料の合意に至っていないという。ロミー・ガイ氏によると、日本では男子W杯と女子W杯の視聴者数は10倍程度の差がある一方、提示額はさらに大幅に開きがあるといい、「日本の放送局に対して、女子サッカーの価値を認め、見合った対価を支払うよう求めたい」としている。
私には日本の放送局や配信会社による放送権交渉の現状は知る由もないが、日本のみならず欧州の各局にとってもFIFAの提示する金額とのギャップがそんなにあるのなら、FIFAも女子サッカーの市場価値の再考もするべきとも考えられのではないか。
男子サッカーとの放送権料や視聴率との数字の差を単純比較計算できるほど、物事の価値を決めるのは簡単ではないと思うのだがいかがだろう。
そして何より放送が決まらないから、開幕の迫った大会の定期的かつ集中的なプロモーションも当該の放送局を通じてみることさえかなわない今、女子サッカーにとって大きなイメージダウンにまでつながってしまうことを何より危惧している。

<7月1日追記>
ついにカレンダーは、女子ワールドカップの開催を20日に控えた7月になった。
この段階で日本における放送権はいまだに決着をしていない。とても残念ながら、地上波の放送準備の観点だけからすると、もはやきちんとした放送をすることは難しいといえよう。きちんとできないというのは、実況アナウンサーの積み上げるべき取材や解説者の選定、なにより衛星回線、放送設備の準備、放送枠の確保と正式な編成・・といったことに対しての準備時間がさすがにないことからである。
であるから、個人的な予想としてはもう今回の地上波放送はもはや難しいと言わざるを得ない。
今の時代は映像や配信にはすぐアクセスできるから、一般の方にはスポーツ中継も映像や音声がつながれば簡単と思われがちだが、実際はそうではない。男子のワールドカップカタール大会の放送体制を思い返してもらえたら理解しやすいと思うが、地上波のみならずABEMAの全試合配信も実況・解説の慎重な選定からの配置を実践し、準備に時間をかけて中継内容の充実を図った。そして事前番組やハイライト制作などを含めた総合的な戦略による視聴者サービスがあってこその成功であったと思う。
となれば女子サッカーの一般への認識拡大、普及といった観点からは大きな後れを取ってしまったのは事実だ。
そうした現実を理解しながら、それでも日本の試合だけでもいいからリアルタイムでフルに国際信号(HBSというFIFA指名のホストブロードキャスターが制作する映像とスタジアム音声)をどこかで見ることができればと切に願っている。
そして、なでしこたちが発奮して決勝トーナメント進出から優勝にまで迫る戦いを見せてくれることで、女子サッカーの新しい未来予想図を描いてくれることも期待している。

<7月13日追記>
ワールドカップ開幕間際駆け込みではあるが、NHKとFIFAの合意が成立して、なでしこの全試合と開幕戦、決勝戦の放送が実現した。
関係者のみならず、ファンもほっと胸をなでおろしたことだろう。BS1での放送がメインのようだが、日本全国で観られることには変わりない。NHKは大相撲、高校野球などもあるから、さすがにやはりすべてを地上波編成するのは難しかったようだ。
FIFAの今回のやり方には不満が多いが、今はなでしこの快進撃を期待するのみである。
決勝はおそらくFIFAがある種変則となった放送権(当該国のみの試合放送)契約に際して、最低条件にしたに違いないが、ならばなでしこには、この栄えある決勝戦に意地でも駒を進めてほしいと強く願っている。

この件に関しては、コラム「女子サッカーの現在地」を参照していただければと思う。https://yasuhisafukuda.com/c_20230331/

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