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ミラノ・コルティナ五輪の魔法⑤ ~りくりゅう運命の出逢いと心のペア~

人は生きていく中で様々な出会いを経験する。
しかしその出会いの瞬間に”雷に打たれたような”感覚にとらわれることは稀なことだ。

フィギュアスケート・ペアの三浦璃来、木原龍一が、見事にこの種目では日本初の金メダルを獲得した。
団体で銀メダル獲得に貢献し、ペアのショートプログラム(SP)ではリフトミスなどが出て5位発進だったが、フリーで世界歴代最高となる158・13点をマーク。
”宇宙一”と解説の高橋成美さんが讃えたほどの美しく完璧に息の合った演技で、五輪史上最大の逆転劇もまた見事だった。

2019年7月末、2人の人生を激変させる日が訪れたという。
直前に別のパートナーと解散したばかりの三浦からの誘いで臨んだトライアウトの時だ。
トライアウトとは新しいコンビを結成する際に、お互いの相性を確かめる場であるという。
木原が三浦を真上に投げ、三浦が身体を回転させる技、ツイストリフトを試みた。
投げた瞬間に、木原は”雷が落ちた”と本能的に感じとった。
ここまで相性が合うんだと木原が思えば、三浦も感じたことのない高さを経験し、滞空時間がこんなに長いんだと驚いたそうだ。

「今までとは別次元の感覚。これが最後のチャンスかもしれない」。
そう感じた木原は、一度は諦めかけた道を再び歩み始めた。
木原は別のパートナーと組んで出場した2014年ソチ五輪からの2大会はフリーに進めず、2019年に前のパートナーとペアを解消した。
以降は右肩の負傷と練習中に起こした脳震盪のリハビリに励みながら、地元・愛知のリンクで貸し靴係のアルバイトをして過ごす日々を送っていた。
木原の気持ちは引退へ向かっていたところで、起きた運命の出会い。
ペアの女性は決して力むことなく相手を信頼して、ダイナミックな動きに対応する度胸が必須だという。
三浦はその素質を兼ね備えており、とにかく相性は抜群だった。
そして2019年に「りくりゅう」ペアを結成。
2人の歳の差は9歳。結成当時は三浦選手がまだ高校生であった。
2022年北京五輪7位で日本勢初の五輪入賞を果たすと、23、25年世界選手権やグランプリファイナルを制覇し今回の優勝候補に躍り出ていた。

いざオリンピック本番、団体での演技も好調で銀メダル獲得に貢献した後の、ペア・ショートプログラム(SP)での出来事もまた2人の物語を一層際立たせるものにした。
団体での好調ぶりから一転し、自分たち最大の強みであるリフトでの思わぬ失敗。
まさかの5位でSPを終えた。

演技後、木原は茫然とし明らかに落胆していた。
その後一日中涙が止まらず、翌朝までほとんど一睡もできないまま夜が明けた。
フリー当日もずっと泣いていたが、直前の約1時間余りの仮眠で気持ちを切り替えた。
三浦はただ一言「今日は龍一君(木原)のために滑るよ」と声をかけた。
木原もまた「璃来ちゃんのために滑るよ」と返し、2人はいつもの強いりくりゅうに戻った。
いずれも金メダル獲得後に明かされた、2人のSPからフリーにかけてのわずか2日間の物語である。
”お互いのために滑る” 
そのような絆に溢れたかけがえのない時間が、およそ7年間の長きに渡って2人の中で常に流れていたのだと思うと心を揺さぶられる。

木原はかつて”化学変化”そういったものがカップル競技に存在すると語っていた。
自身が感じた劇的な出会いをそう表現したのだろう。
そこにこそフィギア・ペアの面白さ、奥深さが感じられる。

さらに木原は「この種目が広がるためには、ペアというカテゴリーがあることをもっともっとたくさんの人に知ってもらわないといけない。そのためには、僕たちが結果を出し続けることが一番の近道。僕たちが頑張ることが、日本のペアの将来につながる」とも語っていた。
そして金メダルを獲得し凱旋帰国した今、自分は今後ペアの普及育成に身を捧げたいと語り、三浦もまた同じ将来の目標を口にした。
木原が引退する時は三浦自身も引退するという、これまたその一心同体ぶりにも驚かされた。

今回のフィギュア・ペアにおけるりくりゅうの金メダル獲得には様々な背景があったという。
練習環境や強化育成面の向上を挙げる人もいる。
ペアやダンスのカップル競技は同じリンクでシングルと一緒に練習するのには限りがある。
競技人口が少ない分、シングルとは時間をずらして深夜や早朝に貸し切り練習することを強いられていた。
しかし団体戦が採用されてからは、連盟が中心になってトライアウトなどさまざまな取り組みを続けてきたことも実を結んだというのだ。
実際にりくりゅう奇跡の出会いを生んだのもトライアウトの賜物であった。

また2015年にスポーツ庁が設置され、国からの強化予算が拡充されてきた。
国の強化費は約100億円、加えてJOC からは約50億円と、数年前と比べて倍近くの予算が充てられ、スポーツ庁が指定するオリンピックでの「重点支援競技」にフィギアペアも追加された。

しかし金メダルという勲章に辿り着くまでの2人の物語が、なぜ多くの人々の記憶に刻まれるほどの感動を呼んだのか。

それは、運命の出会いとまで当人たちが語るほどの”心のペア感”というものだろう。
しかもそれが、雷に打たれたような出会いから始まったペアだとしたらなおさらである。
”心のペア感”とは、人と人の絆、お互いの信頼、相手への思いやり、一心同体、調和、同じ目標に向かい息がぴったりと合う共同作業・・。
どう解釈してもいいと思うが、間違いなく人がそれを美しく、いとおしいと思うものであることは間違いない。
そしてそれは時に、誰もがこうありたいと思う憧れでもある。

スケートリンクという舞台で表現されるわずか数分の演技の裏に、人が成し得た完全な信頼と絆があることを多くの観衆が感じとったからこそ、りくりゅうのオリンピック金メダルは永遠に語り継がれることだろう。

個人的にどうしても伝えておきたい、ペアが生み出した過去の奇跡的な演技についても触れておこう。
それは今から42年も前の1984年サラエボ冬季オリンピック、フィギュア・アイスダンスでのことだ。
ジェーン・トービルとクリストファー・ディーン(イギリス)のペア、フリー演技に、芸術点でジャッジ9人全員が満点をつけたのだ。彼らは見事に金メダルを獲得し、イギリスでの視聴率は50%を記録したという。
優雅なボレロの楽曲に乗せて演じられた華麗な演技は、それこそ2人が一心同体になったように思えた。
今でもIOCが提供する動画で見ることが出来るので、一度見てみることをお勧めする。
採点方法も、演技の主流も変わる中でも不変なペアの美しさを感じると思う。
日本もシングル、ペアの次はアイスダンスにも有望なアスリートの登場、メダル獲得を期待したいと思う。

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