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パリオリンピックの煌めき⑥ ~2025世界陸上東京大会を観にいこう!~

3年前の東京オリンピックでは味わえなかった、大観衆の前で開催されるオリンピックを何とか見届けたかった。
2024年7月末、パリに向かった大きな理由はそれだったはずだ。
訪れたパリのオリンピックはとても素敵な雰囲気に溢れていた。
シャンゼリゼ通り、コンコルド広場、エッフェル塔、セーヌ川、ルーブル博物館など観光都市パリは、人と街のシンボルが溶け込んでいっそう輝いていた。
街中でも、メトロの中でも、そして競技会場でもマスクをしている人はほとんど見かけなかった。
不謹慎に聞こえたらいけないが、もうコロナなどこの世に存在しないのではとすら感じられた。
何より会場は多くの観客で熱気にあふれていて、歓声と拍手が響き渡っていた。
そして日本チームは、観衆の大声援も味方にして金メダル20個を獲得し、海外開催のオリンピックでは最高の成績を残した。

私なりの夢を少しは叶えることが出来た旅の途中から、新しい期待が膨らんできた。
パリの空の下で、来年の東京で開催されるスポーツの大きなイベント、世界陸上大会に心を馳せていたのだ。
不思議な気もした。
そう、2020年東京オリンピックのために間に合わせて改装した新しい国立競技場に世界中の大観衆が集う時がやってくる
そんな楽しい気分にさせてくれたのには、今回のパリオリンピックの陸上競技において、日本人アスリートの活躍が目を引いたことや、男子100mの高速レースや、棒高跳びの世界新が生まれたことによるものだ。
そして個人的な想いとしては、東京オリパラ組織委員会の放送担当として7年半かけて新国立競技場の運営、施設の準備にチーム一丸となって心を砕いていたせいでもある。
パリも素晴らしかったが、今度こそ超満員となったあの国立競技場で、一流のアスリートたちのパフォーマンスが観たい。

パリオリンピックでも、多くの競技は魅力的なものばかりだったが、やはり陸上競技には華があると私は思う。
世界で誰が一番速く走るのか、誰がより高く、長く跳ぶのか、誰が遠くまで器具を飛ばすのか?
人間の持つ能力を、シンプルでわかりやすく表現し、審判独自の判定の目は基本的に必要としない陸上競技の魅力はつきない。
そして何よりアスリートのパフォーマンスに大声援や拍手が、パリの陸上メイン会場スタッド・フランスに響き渡った。
やはり東京オリンピック運営に少しは関わった者として、パリオリンピックに少しだけジェラシーを感じた。

さて大観衆を集めた陸上競技では、歴史的な快挙が生まれた。
女子やり投げの北口榛花が、女子トラック&フィールド種目で史上初の金メダルを獲得した。
7万7000人を収容するパリ・スタッド・フランス、満員の観客の前で一投目から65m80をマークし、そのまま優勝した。
「世界中から観客が集まった中で競技が出来たことは幸せだった」と話し、自身では初の有観客オリンピックに感謝した。
65m台で優勝こそ果たしたが、次なる目標は70m超えだと語る26歳はまだまだステップアップを目指している。

さらにパリでは、陸上競技のメダルこそ北口の金1個であったが、素晴らしい入賞者が何人か生まれた。
まずは男子110m障害の村武ラシッドで、この種目で初のファイナリスト(決勝進出)として見事に5位に入賞した。
世界8人中の5位、とてつもないことだが、意外に新聞紙面の扱いが小さいと個人的には思っている。

続いて男子3000m障害の三浦龍司、東京大会に続き8位入賞は素晴らしい。この種目も日本人には上位に食い込むのが難しいとされてきた。
注目の男子100mx4リレーは5位入賞。
北京とリオで銀メダルを獲得している、もはや世界と互角に戦える得意種目になったとはいえ、今回はメダルには届かなかった。
坂井隆一郎、サニブラウン、桐生祥秀、上光鉱輝の4名が目標を金メダルとまでしていたが及ばなかった。
第3走者の桐生からアンカーの上光につないだ時点ではトップだったが、バトンリレーが微妙にうまくいかなかったこともあり5位に沈んだ。
今や日本のお家芸にもなっただけに、来年の世界陸上での金メダルに期待しよう。
さらに男子400mx4リレーも6位入賞。ただ銅メダルからも3秒近い差があり、さらなる飛躍が待たれる。

男子走り高跳びの赤松諒一は自己ベストの2m31を跳んで5位に入賞。
マラソン男子の赤崎暁が6位、女子は鈴木優花が6位入賞と健闘した。
その他、男子20㎞競歩で池田向希が7位、団体競歩で川野将虎、岡田久美子のペアが8位入賞を果たした。

期待された男子100mにおけるサニブラウンは、準決勝で9秒96という自己ベスト(日本歴代2位の記録)をマークしながらも決勝進出は果たせなかった。
決勝は、昨年世界陸上3冠のノア・ライルズ(アメリカ)が9秒79で金メダル獲得。
トンプソン(ジャマイカ)も9秒79だったが、1000分の1秒差で2位となった。事実レース直後は自分が優勝だと信じていたような表情だったから大接戦だった。
決勝の8人全員が9秒台、8位でも9秒91という史上初の超ハイレベル決戦だった。
世界は高速時代に突入しているだけに簡単ではないが、世界陸上2025ではファイナリストになってほしいと願っている。

そして楽しみなのは、日本人選手だけではない。
パリオリンピックで6m25の世界記録をマークし、五輪連覇を果たしたスウェーデンのデュプランティスは凄い。
男子棒高跳びではかつて超人にもじって鳥人と呼ばれたブブカというスーパースターがいた。
1991年の東京世界陸上ではカールルイスらと共に大会の大きな目玉となった。
2025年の東京では、新鳥人と呼ばれるデュプランティスのパフォーマンスを観られるとしたら、大変楽しみなことだ。

さらにパリオリンピックで活躍した一流のアスリートたちは、多様で個性にもあふれている。
例えば、女子100mで優勝したセントルシアのジュリアン・アルフレッドだ。
カリブ海の島国セントルシアにとって、すべての競技を通じて史上初の金メダルをもたらした彼女は、「セントルシアのことを知っている人は少ない。どこにあるのか聞かれることもある。オリンピック優勝者として母国のアンバサダーになれることは光栄だ」と語っている。
ちなみにセントルシアの総人口は約18万人の小さな国だけに、金メダルを生み出したことに国民は歓喜していることだろう。

また女子三段跳び優勝のテア・ラフォンドはドミニカ国の選手だ。
私も一時期勘違いをしていたが、このドミニカ国はドミニカ共和国とは違う国である。
どちらの国もカリブ海にあるが、ドミニカ共和国は人口約1000万人、国土は約49万平方㎞、1865年にスペインから独立した国で公用語はスペイン語、首都はサントドミンゴ、日本人にもよく知られた国の一つかもしれない
かたやドミニカ国は人口わずか約7万人、国土も約750平方㎞、首都はロゾー、1978年にイギリスからの独立し公用語は英語がメインと、使用する言語も異なるのだ。
いずれにしても国土も小さく、人口の少ない国家の選手が、金メダルを獲得するのは難しいだけに素晴らしいことだ。

「2025世界陸上東京大会」は、来年9月13日から21日までの9日間、東京・国立競技場をメイン会場として開催される。
東京オリンピックでマラソンは札幌にコース変更されたが、今回は東京都内のコースで実施される。
世界200の国と地域から約2000人のアスリートが参加する予定である。
4年一度のオリンピックではないが、この2年に一度の世界陸上はアスリートにとって重要な大会でもあり、その名誉からしてもオリンピックと同様の価値を見出している。
パリではテレビでしか観戦できなかった、この超一流の陸上選手たちが一斉に集う世界陸上を、現場でライブで観る機会はなかなかない。
事実、1983年から開始された世界陸上で、日本開催は1991年東京、2007年大阪、そして今回の2025東京大会の3回だけである。
観戦する側からすると、もちろんテレビ放送はある。1997年から長く放送権を確保してきたTBSが来年もまた社運を賭ける様な気持ちで放送に取り組むだろうと思う。
しかし都内の方のみならず、地方からもスタジアムに来て生観戦することもお勧めする。
遠い国のオリンピックや世界選手権に実際に出向くのは大変難しいと思うが、東京なら旅行資金と時間さえあれば、何十年に一度のチャンスだからこそ検討してもいいのではないか。観戦チケットもオリンピックほど高額ではないはずだ。

大型スポーツイベントなどの自国開催については、東京2020オリンピック・パラリンピックで噴出したネガティブなスキャンダルや贈賄疑惑、談合事件をきっかけにマイナスばかりが論じられている。
もちろん不祥事や不正は許されないが、自国で開催することの将来にわたる意義は絶対にあると私は思っている。
それを”レガシー”と呼ぶが、それは”遺産”と訳してもいいし、未来への”継承”、次世代に残してあげるもの、もっと簡単に言えば経験してよかったとずっと思える”思い出”といういい方でもいいと思う。

「ああ、あの時私はあそこにいたんだ」
「うん、その時僕はそこで拍手していたよ。」「世界新なんてすごい、あんなに高く人間は跳べるんだね」家族や友人と素晴らしい経験を分かち合う時間が生まれる。
こうしたエピソードトークこそ人生に潤いを与えてくれるものと信じている。
もちろん、それらはスポーツに限った事ではないのだが、少なくとも1991年世界陸上東京大会で、男子100mカールルイス(アメリカ)の9秒86の世界新(当時)と、男子走り幅跳びのパウエル(アメリカ)の8m95の世界新誕生を見聞きした人は、今でもその事実を覚えている。
パウエルの幅跳びは、1968年メキシコオリンピックという高地で出たビーモンの記録を、23年ぶりに東京・国立競技場で塗り替えた瞬間だった。
今でもたまにその時の話題になることがあるが、爺たちのたわごとというなかれ。
何せ、パウエルの世界新はいまだに破られていない世紀の瞬間だったのだから。
その瞬間に立ち会えた私たちは幸せだったと言い切れる。

さて昔話はやめて、これからの若い世代にエールを送ろう。
来年の世界陸上では、やり投げの北口が前人未到の70m超えを実現するかもしれない。
男子100mx4リレーでは史上初の金メダル獲得があるかもしれない。
サニブラウンは男子100mでファイナリストになって栄光のメダルを狙えるかもしれない。
あるいは100mレースで世界新が飛び出すとしたら、歴史的な瞬間を目撃することになる。
さらには棒高跳びのデュプランティスが世界新を再び更新するとしたら。
世界地図で確認しないと知らない小国のアスリートが、ナンバー1に輝く瞬間にも立ち会うことで地球の広さを感じることもできるだろう。

そうした史上初、歴史的なという形容詞が付く現場を身近で観ることが出来るチャンスが、来年の国立競技場にあることだけは間違いない。
6万人収容の国立競技場に世界一を決めるトラック&フィールド競技が戻ってくる。
そして東京2020で実現しなかった自国開催での活躍への想いの実現、リベンジだと意気込むアスリート、関係者たちも多くいる。

東京オリンピック・パラリンピック2020大会は、コロナ禍のために1年延期となった上に無観客で開催された。新しくなった国立競技場に歓声は一切なかった。

パリオリンピックが終了してわずか2週間後に、またニュースが飛び込んできた。
陸上の世界トップ選手が集うダイヤモンドリーグ(DL)の第12戦が8月25日にポーランド・シレジアで行われ、男子棒高跳のデュプランティスが6m26をクリアし、自身10度目となる世界記録更新を果たした。
デュプランティスは今年に入り3度目の世界記録更新と絶好調だ。来年の世界陸上まで、これ以上の世界記録更新は待ってほしいなどと不謹慎にも思ってしまうほどだ。

来年の世界陸上のチケット販売が好調だそうだ。
既に先行販売が始まっているが、まず男女100メートル決勝などが行われる9月14日夜、男女400メートルリレーなどが行われる同21日夜の販売が当初の予定枚数に達した。さらに北口の金メダル獲得後、女子やり投げ決勝などがある同20日夜も売れ行きが伸びたと聞く。 8月20日時点で販売枚数は約11万枚に達し、10月31日までの先行販売で約25万枚を売り出す予定だが、人気の高いチケットに関しては販売枚数を増やしている。一般販売は来年から始まり、全体で約70万枚を販売する予定。

1991年開催の世界陸上東京大会に関するエッセイは、当時の放送事情なども詳細に記録したものである。参考に一読いただけたらと思う。
シリーズ・記憶の解凍②「1991世界陸上男子100M決勝 9秒86の舞台裏とテレビマンたちの矜持」 - スポーツジャーナリスト 福田泰久 (yasuhisafukuda.com)

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