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女子サッカーの現在地
~ワールドカップ開催の今年、スタジアムで感じた事~

WEリーグ・東京・味の素フィールド西が丘の風景
WEリーグ・東京・味の素フィールド西が丘の風景

3月19日に味の素フィールド西が丘で行われた、WEリーグ「日テレ・東京ヴェルディベレーザ対INAC神戸レオネッサ」の試合に出かけた。
ベレーザは私が勤務した日本テレビが、今でもネーミングライツのスポンサーになっている。
加えて今から20年前の2003年には、東京ヴェルディに取締役として出向していたので、ゆかりのあるチームを久々に見に行ったのだ。
現在の監督は竹本一彦さん、ヘッドコーチは永田雅人さん、GKコーチは中村和哉さんと、昔のJ1時代のヴェルディ関係者が名前を連ねている。
20年前からベレーザは日本一に数多く輝くなどの名門であったが、今年の皇后杯も神戸を降して優勝をしている。
西が丘は高校サッカーの業務で毎年12月には通っているが、スタンドでゆっくり観戦することは稀で、初春の陽ざしを満喫しながら女子のサッカーを楽しんだ。

ベレーザ、レオネッサ共に強豪チームだけあり、スピード、テクニックとも素晴らしい選手が揃っていて、大いに満喫できたのだが、素人目にも男子ほどの大きな展開力については少し物足りなさは感じた。
ただGKの技術も進歩しており、ゴール前へのクロスに飛び出すタイミングや高さは男子に引けを取らないと言ったら言い過ぎだろうか。
試合後、中村GKコーチに話を聞いたら、彼が長く経験した男子サッカーのGK練習と同じメニューとやり方でトレーニングをしているとのことだった。
いずれにせよ、なでしこジャパンにも何度も選出されている選手たちのプレーを見ながら、本当に世界に通じるのが、現在の日本の女子サッカーだと嬉しくなった。

観客数は1777人。
20年前は数百人であったと記憶しているからファンは増えたに違いない。
そして当時はテレビ中継や配信などはめったになかったが、現在はDAZNが全試合を中継配信している。しかしこの日の中継カメラ台数は2台のみで、正直に言うと驚いた。

試合中に必ずボールを中心に追う必須のメインカメラに、味付けのカメラは1台のみである。味付けというのはシューターやアシストやいい守備をした選手のアップ、表情、ベンチなどを狙うことになる。通常サッカー中継は最低でも4から5台の中継カメラがあり、やはり細かに選手をフィーチャーしていくのには、それくらいの台数は欲しいところである。
何故そこにこだわるかというと、ピッチの選手の顔を覚えてもらい、優れたプレーに光を当てるようなスローリプレイこそが、その競技を知ってもらうのに重要な役目を果たすと考えるからだ。勿論試合をカメラ2台で表現できないわけではないが、選手の様々な表情やプレーを視聴者に詳細に伝える視点では、やはり物足りない。

加えて、この2台中継体制では、試合後の選手や監督のインタビューもできないため実施されない。つまり選手のことをよりよく知ってもらう露出機会が失われているのだ。
男子Jリーグの場合には、スタジアムへの選手バス到着シーンや試合前インタビューも実施されている。
今や当たり前となったスポーツ中継放送における、到着シーンやインタビューがないと、放送自体がマイナーなイメージを与えてしまうかもしれない。

中継にかける予算や人員配置の問題もあると推察するが、PCを使ってズームやTEAMSといったリモートソフトを使って行うとか、チームに協力を仰ぎ、スカウティングビデオカメラを試合後に中継ラインにつないでインタビューに利用するなど、まだまだ工夫の余地はあると思う。限られた制作費で、まずは選手をなるべく多く知ってもらう機会を創出できたらいいと勝手に思いながら、試合終了後の選手の引き上げを見ていた。
20年前の様にリーグ戦のテレビ中継すらない時代から、確かに今は中継があるだけいいという消極的な考えでは、WEリーグの将来も危ういと考えてしまう。
もちろん全試合の配信契約を、WEリーグと8シーズンという長期で交わしたDAZNへは敬意を払いたいと思う。DAZNは、Jリーグと2017年から2028年までの12年間を約2239億円で契約したが、女子の放送権契約金は非公開である。
そもそも長期的な大型放送権契約は、全試合放送による普及、安定した放送権収入がリーグやチームにも還元される構造などから、その意義は大いにあるものだ。

またDAZNは、3月25日開幕のアメリカ・女子サッカーリーグ(ナショナル・ウィメンズ・サッカーリーグ)の放送権も獲得した。
2013年の開幕以降、全12チームで争うリーグ戦の2022年シーズンは1試合平均入場者数7000人以上と高い人気を誇っている。ワールドカップ、オリンピック共に4度の優勝経験のあるアメリカ代表たちのプレーを日本でも手軽にみられるようになる。
アメリカの女子サッカーの人気は我々の想像を超えたものがありそうだ。

日本女子サッカーに関しては、2011年のワールドカップ・ドイツ大会で、なでしこジャパンが初優勝して、当時は澤穂希、川澄奈穂美、丸山桂里奈、宮間あや選手などがテレビにも多く出演し、人気を博した時期があった。
あれから12年後の2023年の今年、女子ワールドカップはオーストラリアとニュージーランドで、7月20日から8月20日まで開催される。
しかしそのことは、あまり世間に知られていない。2021年にWEリーグという女子のプロリーグが誕生したにも関わらず、女子サッカーの認知度は、あの時より下がってしまったようだ。
日本も出場する、ワールドカップのチーム枠は従来の24から32チームに拡大した。
日本はグループリーグで「スペイン、コスタリカ、ザンビア」と同じ組に入った。
男子がカタール大会で、スペイン、コスタリカと対戦したのと同じとは奇遇だが、話題としては面白いはずだ。

そしてFIFAがハンドリングする、そのワールドカップの放送権もまだ行方が決まっていない。2011年当時はNHKとフジテレビがFIFAのパッケージ契約により、地上波で放送したが、ひょっとすると今回は地上波放送に関しては今のところ難しいかもしれない。
放送権料も、驚くほど高騰しているのであろう。
しかし放送局の費用対効果に見合う価値を女子のサッカーに見出せないとしたら、大変危機的な状況である。
何と言っても、かつて日本が世界一にも輝いたワールドカップなのだから。
加えて、時差も少ない国での開催だから、日本向けには視聴しやすい時間になるにもかかわらず、放送局や配信側が魅力を感じないとしたら残念極まりない。
そして万が一、放送がなかったら大会も日本国内では盛り上がらない可能性が高いのだ。

女子サッカーの歴史について詳しいというつもりは全くないが、それでも読売グループの一員として、日本女子サッカーのパイオニアであるベレーザのエピソードについては、多少なりとも知ってはいる。
その歴史は簡単な道ではなかったと思う。
もともと女子のリーグは1989年に第一回日本女子サッカーリーグがスタートして、その後1994年9月から「Lリーグ」、そして2004年に「なでしこリーグ」と名称の変更がされたが、いずれも基本的にアマチュアの戦いであった。
前身の読売クラブ時代から男子も女子もチームが活動していた数少ないクラブが、今の東京ヴェルディである。
日本テレビがチームのオーナーだった時代に、自身もヴェルディの取締役を経験した時には、男子と違い、女子はユニフォームの洗濯などを自分たちでしていたことも思い出す。クラブハウスの古ぼけた洗濯機が漏電した報告を受けて、すぐに修理するように指示したのも懐かしい。
古くは、そのアフロヘアからボンバーとも呼ばれた荒川恵理子が、スーパーマーケット西友で、レジ打ちのアルバイトをしながら練習に通っていたことも思い出す。
そう、彼女たち選手は基本的にアマチュアで、サッカーを職業にはしていなかったのだ。
そして2021年9月から待望のWEリーグがスタートして、彼女たちはプロ契約の選手として戦うことになった。
荒川選手も、WEリーグ開幕と共についにプロ契約をして、今でも「ちふれASエルフェン埼玉」で現役を続行している。43歳のベテランFWのプレーを観に行くだけでも楽しいのではなかろうか。

元より日本選手でも海外リーグに渡ってプロを志向したところから、女子サッカーの意識が変わった歴史がある。
そのパイオニアは澤穂希であろう。
アメリカに渡り高い技術で活躍した後、2004年に帰国し、ベレーザではノンアマ(プロ)契約という形で日本女子サッカーに復帰した。
その後のなでしこリーグでの活躍は言うまでもなく、ベレーザを中心に、なでしこジャパンでも大活躍をしてワールドカップ6回、オリンピック4回出場に加えて、2011年度にはアジア人で初のFIFA最優秀選手賞(バロンドール)に輝いた。
そんな澤の存在などで、女子サッカーの認知度は一気に上がっていったのは間違いない。

そしてWEリーグができた今、かつてのJリーグの様に地域に根差しながら、各クラブが発展していく事を願ってはいるが、現状はまだまだ厳しいようだ。
先に触れたようにテレビなどメディアの露出の少なさ、観客数の伸び悩み、選手の年俸、そして何よりチーム経営、スポンサー問題など、様々な課題があると思う。

私はテレビ局出身なので、こと放送に関連するところからしか発想がないかもしれないが、それでも先にあげたような、まずできる小さなアイデアから始めたらどうだろう。
そしてテレビ放送が決まらないという負のスパイラルで、世の中への告知が進まないとしたら、放送とサッカー協会との新しい関係性を模索する時代になったのではないだろうか。
協会など団体が、放送権を肩代わりするようなことは100%考えられないし、それは話が違う。
しかし、告知やPRに関して、今まで以上に選手の出演などに全面協力する、さらには何等かの形で、放送に向けた協力金を補助するなどを考えてもいい大会や競技もあると考えている。ましてや今はスポーツ放送の放送権とその放送の在り方の過渡期であると思う。
カタール大会は、ABEMAが全試合配信権利を獲得したが、テレビ朝日、NHK、フジテレビの並列権利を数試合に許諾し、かつ無料配信までしたうえで独占をしなかった。
男子の場合、そのことでワールドカップ放送が宙に浮く危機を免れたのだ。

その一方で、昨年、男子ワールドカップ・アジア最終予選のカタール大会への出場がかかった大一番で、地上波無料放送は無かった。AFC(アジアサッカー連盟)のパッケージ契約により、日本代表のアウェーゲームは全てDAZNが独占しており、DAZNとしては有料会員への配慮から、独占有料配信を貫いた。
日本サッカー協会の田嶋会長は協会がDAZNにお金を払ってでも、地上波やBS放送との無料並列放送や、若干のディレイ放送(録画)もお願いすると公言したが実現しなかった。
DAZNの契約から言って妥当だという意見が多かった。確かに先を見据えて予選開始の時点でDAZNなりAFCと交渉を始めておくべきだったかもしれないが、いずれにせよ一般視聴者には残念な結果であった。
つまりテレビ、地上波放送が付くのは当たり前という考えは崩れてきたのだ。

その背景には、あまりに高騰する放送権料の問題がある。
そこで協会は、FIFA等の放送権を売る組織に対して、その国の実態に見合う金額に調整を訴える努力を継続して欲しいと切に願う。
お金が惜しいのではない、現実的な普及や人気に合わせて金額を減額すべきだと。
今まで、全く交渉していないとは言わないが、それこそ大手の代理店や放送局だけに頼るのではなく、協会も自発的な努力をお願いしたいと思う。
今回のワールドカップ放送権については、FIFAがオープンセールスで高い放送権料を提示しているとも聞くが、適正な価格交渉がうまく進むことを願う。
加えて最近話題になっている、ユニバーサルアクセス権なるものについてなども、日本における実態や視聴動向、ニーズも踏まえて協会、放送側含めて、よく研究し話し合う時代が来たのかもしれない。ユニバーサルアクセス権とは、ごく簡単に言うと、“国民の関心が高いスポーツ大会は必ず無料放送でみられるようにする”という考えから、英国政府が世界に先駆けて法的に定めたものである。英国では、労働者階級、貧しい人々の一番の娯楽サッカーが、有料放送になる危機があったことも成立の一つであったと聞く。
その国の政治も含めた様々な事情から生まれたものなので、日本でも大義名分の様には論じられないものである。
すなわち事は簡単ではなく、そういった放送への取り組みを全体で考える必要があると思うのだ。

Jリーグから発行された「Jリーグ放送研究会」のアクレディ
Jリーグから発行された「Jリーグ放送研究会」のアクレディ

私の、放送局や会社の枠を超えて、そのスポーツの発展に関して放送も考えるという発想は、実は1993年にJリーグが発足した時に実在した「放送研究会」からきている。
この会はJリーグの事務方のトップと在京キー局(NHKと全民放局)のプロデュ―サーが定期的に集まって、Jリーグと放送に関する様々なテーマで自由に議論をしたものだ。
もちろん最終決定はJリーグだが、放送局にとって適正な放送権料についても話し合った。
全国ネットはその値段でもいいが、関東ローカル放送は、この程度の値段にしてほしいといった要望や、裏放送(同時間帯の放送)への縛りルールはこうして欲しいなどだ。
テレビ局放送の収支関係の仕組みも知ってもらい、現状視聴率の実態も知ってもらいながら、Jリーグ側の意向も、もちろんよく聞いた。
時には一緒になって、告知やPR方法などのアイデアも話し合ったと記憶している。
各テレビ局の「放送研究会」メンバー数名には、年間全ての試合にどこにでもアクセスできるオフィシャルのアクレディ(中継や取材、運営スタッフなどのスタジアムパス)が貸与された。
ネーミングはいささか学生のサークルのようだったが、各局のプロデュ―サーを中心に在籍するテレビ局の立場を超えて、本当にいろいろなゲームの現場で視察、議論も行ったと思う。

そして繰り返しになるが、現在は大きな放送メディアの構造変化に伴って、さらにお互いに一緒になって対応、研究をしていく時代になったと感じている。
オリンピックにおける対IOCも、サッカーのFIFA、AFCも、相手先との粘り強い交渉にあたっては、日本側の最新経済事情、その競技の普及・人気に関する微細なデータ、視聴調査リサーチ、放送局の現状などを、きちんと盛り込んで進めるべきだと私は考える。
もちろん主催者、放送権スキームによって対応こそ違うし、お互いに全ての手の内を見せる訳にはいかないかもしれないが、将来にわたるメディア対策を一定の距離を保ちながらも、一緒に研究するのは意義があると思う。

将来に向けた提案はさておき、先日の男子のサッカー「日本対ウルグアイ」戦はじめ、スタジアムの観衆に向けた告知で、女子のワールドカップが開催告知と応援依頼を、森保監督はじめ女子の池田太監督のメッセージを流すなどして努力をしていた。
当該の協会としては当然と言えば、それまでだが、今まではそういった告知の影響力はテレビを中心としたメディア媒体が一番効果的だった。
ましてや放送権を持つ放送局の告知戦略は、自局の視聴率やスポンサーへの配慮もあるから、時に過剰なほどの露出量があるのも事実だ。
となれば、早くに放送局なり配信が決まるといいと願っている。
そして配信と併用であっても、個人的にはやはり無料の地上波、BS放送は欠かせないと思っている。
今の女子サッカーの人気や認知度、競技普及率、メディア露出度などといった現在地を考えれば、今はそういう時期だと考えるからだ。

3月初春、うららかな東京・西が丘での、ベレーザ対レオネッサの試合の観衆は2000人に満たなかった。中継配信も2台のカメラ、解説者は不在で実況アナウンサーだけだった。
それを批判しているのではない。
女子サッカーが面白いと感じる選手の魅力あふれるプレーと、それを伝えるメディアの充実と、多くの熱いサポーターが揃わなくては、未来は決して簡単ではないと思うだけだ。
ゴール裏に陣取った、熱心なサポーターたちの打ち鳴らす太鼓のリズムに合わせる手拍子に、私も心がワクワクした。
この雰囲気を味わえば、サポーターはきっと増えていく。

はたして女子ワールドカップは視聴者にとって、いい環境でみられるのか。
2011年なでしこジャパンから12年、語り継がれる新しいドラマやエピソードは、きっと次々に生まれていくと信じている。
三苫の一ミリの様なプレーの再現もあるかもしれないし、凍り付くような非情なPK戦も待っているかもしれない。
そして何より見たいのは、2011年の澤穂希がみせた土壇場での劇的ゴールの様な、なでしこの素敵なドラマである。
FIFA女子ワールドカップ2023開幕まで、あと4か月を切った。

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