column

されどFIFAワールドカップ予選 ~当たり前の景色と思うことへの戒め~

2023年11月16日 日本対ミャンマー(吹田スタジアム)

2026年FIFAワールドカップのアジア2次予選が始まった。
11月16日の初戦の相手はホームに迎えたミャンマーだったが、森保ジャパンは5対0と完勝した。
そして21日アウェーのシリア戦も危なげなく5対0と勝利した。新しい景色を見るための長い旅路はひとまず問題なくスタートを切った。
ちなみに、ミャンマー戦は19時キックオフのゴールデンタイムでテレビ朝日が全国放送し、12.5%の視聴率であった。

6月のエルサルバドル戦から、このシリア戦で、その連勝記録を8に伸ばし、この間に34得点5失点と攻守に安定感ある戦いを見せてきた。ワールドカップカタール大会でドイツやスペインを破った後、今年9月アウェーのAマッチでも再びドイツに勝つなど、森保ジャパンの強さは当たり前のような気分にさせてくれている。そして海外でのこうした強化目的のAマッチも地上波放送があり、日本にいるサポーターもその強さを生放送の映像で確かめることができた。新聞や雑誌などの試合の感想は、記者のとらえ方でややニュアンスが違う場合があるが、映像で見るプレーの詳細は、視聴者がストレートに受け取り、各々の正直な感想を持つことが可能だ。何より個々のプレーぶりや監督采配まで、映像から代表チームの成長ぶりを見届けることができる時代になった。

さて2次予選ホームでの初戦を快勝した後、吹田スタジアムでの共同記者会見も、いつもと同様に真摯に淡々と記者の質問に答える森保監督の姿は見慣れた光景だった。最後の質問で飛び出したのが「次戦のシリア戦の放送が未定で、もしかすると放送がないかもしれないが、それについてどう思われるか?」といったものだった。試合後の記者会見で監督に対して、このような質問が出ることにも驚いたが、それほど日本代表と放送のかかわりが極めて重要なことの証といえるかもしれない。

この質問に対して森保監督は「個人的な思いで言わせていただくと非常に残念な思いではある」と正直な感想を述べた。
続けて「しかし、これも現実しかないと思っているし、いろんな方、協会の皆さん、メディアの皆さんが日本代表の試合を日本国内で放送していただくということで最大限努力していただいていると思う。最後まで頑張って下さっていると思いますし、実際にテレビ放映がなかったにしても、我々が頑張っている姿、選手が頑張っている姿を想像していただいて、応援していただければと思っている」。
その上で「我々にやれることは次のシリア戦、非常に厳しい戦いになると思うが、テレビ放映があればテレビ放映していただくことであったり、またここにもたくさんのメディアの皆さんがいる中で、たくさんの媒体を通して日本の国民の皆さん、日本代表の応援をして下さっているサポーターの皆さんに日本代表の選手たちの戦いを伝えていただければありがたいと思っている」と報道陣への協力まで呼びかけた。

代表のワールドカップ予選など真剣勝負の試合は必ず地上波を中心にテレビで観ることができるという当たり前が、今揺らぎ始めている。
結局、今回のシリア戦の放送は配信含めて一切なかったのだ。

アメリカなど3か国で開催される2026ワールドカップ次大会から出場チームが従来の32チームから48チームに拡大し、アジアの出場枠は何と現状の4.5枠から8.5枠に広がった。
そのような背景から、欧州を中心に激しいリーグ戦を戦っている代表選手が数多くいることもあり2次予選のメンバー選考は国内組でいいのではないか、いわゆるベストメンバーではなくていいのではないかという意見が多くみられる。

実際、ミャンマー戦の前にチームに合流したものの、疲労と怪我のため試合前日になって三笘薫が途中離脱した。国内のJリーグにおいても激しい戦いをしている選手たちだが、ましてや欧州のトップチームでレギュラー争いをしながらリーグ戦のみならずチャンピオンズリーグなど頂点の闘いを繰り広げていく中で、その消耗は激しいものだ。他にも日本代表は負傷者が続出し、11月8日のメンバー発表後に前田大然、古橋亨梧(ともにセルティック)、川辺駿(スタンダール)、伊藤敦樹(浦和)が負傷で代表活動不参加となった。

2023年となった今、ワールドカップ初出場を目指していた1990年代とはサッカーの環境は激変している。
当時では考えられないほどサッカー人気は定着し、プロのJリーグも創設されて30年が経過した。
ドーハの悲劇で象徴されるようにアジア予選ですら勝ち抜くのは非常に困難で、1997年ジョホールバルで初のワールドカップ出場を決めた伝説の試合を経てから、日本代表は7大会連続の本大会出場を成し遂げている。もはやワールドカップに出場すること自体は、当たり前の景色となった。

それに伴い代表チームに選ばれる選手の多くは海外でプレーしている。
1998年ワールドカップ初出場のときの海外組はゼロだったが、2002年は4人、2006年6人、2010年4人、2014年12人、2018年15人、2022年は19人と増加していった。
そして今回の代表メンバーの構成である。招集26人中、なんと22名が海外でプレーしている選手たちだ。もはや代表クラスは海外の一流クラブでレギュラーを獲得するのが当たり前の光景にすら見えてきた。それ自体、日本サッカーにとって大変すばらしいことだが、海外でプレーする選手が代表に選ばれるのが当たり前のようになりすぎてはならない。代表に選ばれるのなら海外に飛び出して欧州などの厳しい環境で磨かれるのが重要だという考えはもちろん正しい。
しかし今まで通りのことがすべて通用するわけではない。
欧州リーグ戦で優勝争いをするような状況にいた日本選手が代表に呼ばれたときに100%完璧なコンディションで臨めるかは保証できない。
確かに選手層は厚い今の日本だが、ワールドカップでベスト8以上を目指すなら、絶対的なエースがチームに欠かせない。
三笘も久保も鎌田も素晴らしい選手だが、ワールドカップで成功した過去例でのメッシ、エンバぺ、古くはペレ、クライフ、ベッケンバウワー、バッジョクラスの中心選手は必要だ。予選も勝ち上がりながら、絶対エースを見出しつつ、その選手の本大会へのコンディションも万全を期するやり方も学ぶ必要があるかもしれない。
そうした観点から見るとJリーグで活躍する国内組の抜擢、あるいはオプションとしてのAチーム、Bチーム的なダブル編成も一考の余地があると思えてくる。
その時々のベスト編成という考え方がさらに選択肢を増やせるように、さらなる国内組のレベルアップと層の厚さを生むような国内Jリーグの発展が望まれるのかもしれない。
今の森保監督の選手選考の一つの考え方への是非論とは次元が違う、Jリーグで圧倒的な活躍をする国民的なスターの出現も不可欠だと考える。
そしてJリーグで突出して活躍する有望な若手選手が必ずしも海外に進出しなくても、国内リーグでさらに飛躍し代表の絶対的なエースになることも今後はあってもいいのではないか。そのためにはJリーグが世界でも有数のサッカー主戦場になっていくことが必要で、30年の歴史を重ねたJリーグにとっては、次なる新しい課題かもしれない。

ヨーロッパでは予選が非常に厳しく、日本のドーハの悲劇のように、かつてフランスが欧州予選最終試合のアディショナルタイムの失点により本大会出場を逃した歴史もある。イタリアは、最近では本大会に駒を進めることが出来ていない現状もある。サッカーの世界においては、もう我々は見慣れたとする、当たり前の景色に甘んずることや胡坐をかくことは危ないことなのだろう。あのサッカー王国ブラジルですら現在、大変な事態が起きている。
天下のセレソンは、2026年W杯南米予選で「史上初の3連敗」、「史上初の4試合無勝利(1分3敗)、「史上初めてホームで敗北」という前代未聞の泥沼にはまってしまった。
10か国で争う南米予選は、第6節(全18節)を終えた時点で、アルゼンチンが5勝1敗の勝ち点15で首位。以下、ウルグアイ、コロンビア、ベネズエラ、エクアドルの順で、ブラジルはまさかの6位に甘んじている。
南米からの出場枠は6.5(7位の国は大陸間プレーオフを戦う)で、今の順位なら辛うじてW杯に出場できる、という状況にはある。
しかしブラジルはワールドカップの22大会全てに連続出場し、5回の優勝も果たしているから、本大会に出場するのは当たり前の景色だと世界中のサッカーファンは思っているだろう。まさかこのまま予選落ちはないとは思うが、こんな景色を見るとはブラジル国民は微塵も思っていなかったのではないか。

2期目の森保ジャパンは今、新しい景色を見ようと大いなる船出を始めたばかりだ。その始まりはまずは順風満帆といってよいだろう。
しかし新しい景色を見る旅路の中で、もはや当たり前になったと思われる景色を侮ってはいけないと思う。
アジア2次予選なら敵なしに違いない、さすがに最終予選は地上波で放送を観られるはずだ、欧州組を中心とした代表は層が厚く少々の負傷者が出ても戦力ダウンしないだろう・・。いや少し待ってほしい。この国はいつから王者ブラジルや欧州のサッカー伝統国のようになったのか?勝負の世界に当たり間の風景など存在しない。また取り巻く環境もすべて今まで通りというわけにいかないことを忘れてはいけない。
北朝鮮とのアウェー戦はやはり様々な意味でチャレンジングだろうし、最終予選もそう簡単ではない。
2026大会からアジア8.5増枠だから、よもやの予選落ちはないとは思うが・・。

ただ、こと放送に関してはアウェーの北朝鮮戦が再び観られないかもしれない危機は回避できていない。
アジア予選における放送権の仕組みやAFC(アジアサッカー連盟)と日本を含む各アジア諸国協会とのパワーバランスも従来通りではなくなってきている。
日本サッカー協会含めてAFCへの働きかけは常日頃から必要だろう。あまりに不当な高い放送権料を認めるべきではないであるとか、サッカーの発展にふさわしい放送の姿を実現する土壌を整備するなどの働きかけである。
さて最終予選はすでにDAZNが放送権を保持しており、ホームゲームはテレビ朝日にサブライセンスすると聞いてはいるものの、アウェーゲームは前回のようにDAZNでしか視聴できない仕組みのはずだ。前回の本大会出場決定試合がオーストラリアのアウェーで決定した時に地上波は成立しなかったのと同じことが起きるのを望まないなら、今から日本サッカー協会も含めた関係者が放送権利所有者と協議し、交渉を開始すべきだろう。

ワールドカップ史上初のベスト8以上、いや優勝まで視野に入れ、新しい景色を見ようという森保ジャパンには大いに期待している。
もはや当たり前になったと思うことも、もう一度深く考えながら、目指す新しい景色をみんなで見るために、日本代表を応援したいと思う。

-column