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森保ジャパン、最高の景色を見るために ~史上最長448日間の準備に試されるもの~

常套句になっていた”新しい景色をみよう”から、”最高の景色を2026 FOR OUR GREATEST STAGE"を新たな合言葉にした森保ジャパンの冒険が始まった。

3月20日に8大会連続の出場を見事に決めた森保ジャパン。
その5日後の25日、最終予選の残り3試合のうちの一つ、サウジアラビア戦がホームの埼玉スタジアムで行われた。
アウェーで喉から手が出るほど勝ち点1を欲しかったのだろう。
サウジアラビアはかつて見たことがないほどベタ引きで守り通し、0対0のスコアレスドローに終わった。
日本が無得点で試合を終えるのは、22年11月27日のW杯カタール大会1次リーグでコスタリカに0―1で敗れて以来、約2年4カ月ぶりのことだ。
サッカーの試合でスコアレスドローほどつまらないものはない。
そして何より与えられた448日間のうちで、そう何回も組めない国際Aマッチで、しかも真剣勝負の対戦を本当に有意義なものにできたのかどうか。

これからワールドカップに向けての日本代表の国際Aマッチの機会はそう多くない。
6月の最終予選の残り2試合、7月の東アジア選手権、9月以降には日本サッカー協会主催のAマッチ4試合を含む6試合が予定されている。
そこで話題になっているのが、FIFAランキングにおける日本の地位である。
FIFAランクは代表同士の試合結果で加算されるポイントで決まり、対戦相手のランキングや試合の重要度を勘案して算出される。
日本は4月現在、歴代最高の15位をキープしている。

ワールドカップ本大会の組み合わせ抽選会は、その直前のランキングを元にグループ分けされる。
優勝候補など強豪同士がグループリーグから当たらないようにするためのもので、各組のレベルをなるべく均等にする目的がある。
日本はカタール大会では当時のFIFAランキング23位だったので、ポット3で組み分けされ、グループリーグではポット1のスペイン、ポット2のドイツ、ポット4のコスタリカと同組だった。
日本はドイツもスペインも打ち破る結果を残したが、格下のコスタリカに敗戦したのだからランキングにこだわりすぎることもないだろう。
ただし、過去の優勝国は全てポット1からのものという事実もある。

日本はこのままだと北中米本大会の抽選時にはポット2に入る可能性が高いが、ポット3の順位への転落もゼロではない。
森保一監督も「世界一を目標にする中で、公式戦も親善試合もポット分けにとってすべて重要」とこだわりがある。
ではポッド1の可能性はどうか。
2026年大会から参加チームが32から48に拡大したため、開催国アメリカ、カナダ、メキシコという3か国を除けばポット1に入るには、ランキング9位以内が条件となる。
そうであれば日本のポット1入りはこの1年では難しいといえる。
グループリーグでいわゆる超強国との対戦を避けられるのは事実だが、ランキングがそのままチーム力を反映しているとは限らないので、ポット2、ランキング15位というあたりでの自然体で構えればいいと思うのだ。
ランキング数字云々より、強豪国と対戦する機会を多く作りながら、戦い方のオプションを増やしチーム力がアップされることを最優先に考えてほしい。

強豪国にも色々なタイプとの対戦機会こそが重要だ。
久保建英は「対戦してみたい国」について、最近当たっていないイタリアを挙げた。
またカタールワールドカップでベスト4に入ったモロッコは、チャレンジャーとして戦える凄い相手として、今は一番適していると語った。
欧州ばかりでなく、モロッコや南米チームとの本大会前の対戦から得られるものは大きいに違いない。
もし前回チャンピオンのアルゼンチンと事前に対戦する機会ができたら、こんな素晴らしいことはない。
もちろん簡単ではないが、今回は交渉実現に向けてチャレンジする時間的猶予はいまだかつてないほどあるはずだ。
いずれにせよ国際Aマッチメークの交渉力が大きなカギを握るのは間違いない。

次は森保ジャパンのチーム編成についてである。
2026年大会は初の48チーム開催となる。
各4チームのグループリーグは従来と同じだが、グループ3位でも8チームがノックアウトステージに進める。
ノックアウトステージはラウンド16ではなくラウンド32からの戦いとなり、決勝まで進むと8試合も要する。
何より、ノックアウトステージで2回勝たないとベスト8にたどり着けないのも厳しい道のりと言える。

ゆえに森保監督は「レベルの高い選手たちが2、3チーム分作れるくらい、選手層を厚くできるようにしていきたい」と明言している。
世界で勝つための命題として、同じ力で戦える2チーム分の選手層を求め、これから十分な準備期間を活かして国内外の新鮮な素材も見つけたいとしている。
実際に直近のサウジアラビア戦でJリーグの21歳、酒井広大を起用し及第点としているから、これから先に国内組の招集、テストをするなら積極的に早めにトライしてほしい。

チーム最年長の長友佑都38歳については思うところがある。
いまだ闘志は衰えず素晴らしいリーダーシップも発揮して、監督が求める代表チームの潤滑油にもなっているのは事実だ。
私も好きな選手の一人で、2014年ブラジル大会敗退後、涙でインタビューに答えられなかった熱血漢の想いは忘れない。
もし招集されれば前人未到のワールドカップ5大会連続出場の偉業となる。
しかし招集に疑問がないわけではない。
負傷気味とはいえ、JリーグのFC東京で出場時間が少なすぎるという事実、何より今回の予選に1分1秒もピッチに立っていないということだ。
世界で勝つための命題として、同じ力で戦える2チーム分の選手層を求めているということから行くと矛盾する。
従来の大会より勝ち上がるための試合数増加、長距離移動が予想され、かつ暑い気候のコンデイションを考慮すると、選手起用は万全の選手選択を強いられるはずだ。
であれば、長友がかつてインテルでプレーした時と同等のパフォーマンスを発揮できるならいいが、そうでなければ選手1人の枠は貴重であるから他のフレッシュな若手の一人でも欲しいと思われる。代表に呼ばれていない若手も含めて海外組だけでも今は100名以上いると聞く。
候補が一人でも多く出現して、長友の地位を脅かすことの方がチーム力のアップにつながるはずだ。

次は、サッカー協会の事務方を中心にした万全の準備についてである。
それは大会中のベースキャンプ地の選定と環境つくりだ。
大会は米国、カナダ、メキシコの3カ国にまたがり、過去の大会以上に移動の負担が増す。
ベース地の正式決定は、12月12日(日本時間13日)の抽選会終了後であると思われるが、組み合わせ決定前からいくつかの候補地絞り込みと選定の準備を進める方針を宮本会長は示した。
2014年ブラジル大会では、優勝したドイツが総工費約17億円を投じてキャンプ用の施設を建設したと聞く。
日本サッカー協会の財政は必ずしも潤沢ではないと聞くが、世界一を目指すチームは、そうした経費を惜しげもなく使えるかどうかも問われる。
チャーター便のアレンジ、優れたコックやサポートチームの帯同は当たり前になるほど、経費をかけた男子サッカーの環境つくりは進歩してきた。
ちなみにカタール大会での優勝賞金は57億円で、ベスト16の日本も17億6000万円を獲得している。
さらなる覚悟の投資が、最高の景色となって実を結べば安いものかもしれない。

次なる課題は、日本代表の認知度や人気度を各段にアップさせていく件である。
森保監督自身が語っている。
「W杯で優勝する時に、その国で言うとNO・1のスポーツでないといけない。国技でないといけない。視聴率もすごくて、絶対的なデータがあるわけではないですけど、W杯決勝に出る国の視聴率はほぼほぼ100%です。前回のヨーロッパ選手権でスペイン対フランスの決勝の時、スペインで視聴率は78%だった。サッカー文化が100年以上続いている国ばかりなので、日本では文化としては難しいかなと思いますが、関心度は100%にしていただけるのではないかなと思います。」
2002年ワールドカップ日韓大会の時にもしも決勝に進んでいたら、おそらく視聴率は100%に近いものだったと私は思う。
実際、グループリーグ日本対ロシア戦は66.1%とスポーツ中継史上2位の驚異的な視聴率を挙げたのだから。
ただあの時の一般国民の日本代表への認知度や人気は、現在よりも高かったと言わざるを得ない。
だからこそ、今後の森保ジャパンと国民との距離を縮める努力は絶対に必要だ。

実際、監督自身もメディアの露出に積極的だ。
3月28日のプロ野球開幕戦「巨人対阪神」の始球式に、森保監督が登場した。
またNHKはじめ各局の情報番組にも出演し、国民全体の応援、共闘を呼び掛けている。
海外組が多くなかなか出演が叶わない選手の分まで、ピッチ外のメディア露出、プロモーションにさらに傾注してほしい。

最終予選が行われた埼玉スタジアムでの試合前のセレモニーの一コマから。国民的な応援を願う、森保ジャパンの想いがピッチに照らし出された。

さて、本大会の放送権も行方が大変気になる。
2018年ロシア大会まではジャパンコンソーシアム(JC)が中心になって全試合をNHK、民放の地上波で放送された。
2022年カタール大会はJC体制が崩壊したものの、配信のABEMAが全試合をカバーし、日本戦など主要な試合をNHK、テレビ朝日、フジテレビが地上波放送をした。
2026年大会は、放送権の詳細は決定していない。
参加チーム数増加など、大会が肥大化すれば運営費が増大し、FIFAが各国へ販売する放送権料も莫大に膨れがっていく。
だから地上波放送や全試合無料放送が困難になりつつある趨勢の中で、どのように放送体制が決まるのか。
よもや日本戦が地上波無料放送できなくなるとは考えたくもないが、全体の大会露出量は減る可能性もある。
これら放送権の課題について、日本サッカー協会が直接できることは何もないだろう。
しかしながら、森保ジャパンの認知度を上げ国民の関心を呼ぶために、選手の情報露出には可能な限り協力するようリードすることは大事だ。
地上波放送局を中心に視聴者の多いメディアへの取材要請に応じるのは当然のこととして、そのほかに具体的な提案がある。

日本代表チームには、ロッカールームや食事風景など監督、選手らに密着した協会オフィシャル映像が記録用に撮影されている。
大会時に放送権のある放送局に提供するなどしているが、これからの準備期間に選手が招集された時から、この映像を広く提供しプロモーションに役立ててほしいのだ。
最終的に映画製作やドキュメンタリー番組などを見越しているかもしれないが、この素材を独占的に販売する等して世に多く露出されないことだけは避けてほしい。
大会までの道筋を臨場感あふれる特別な映像として、各種メディアに一斉に報じてもらうスタンスを持つことで、多くの国民に親近感を持ってもらうことが出来ると考えるからだ。協会によるチームカメラしか捉えられない独占映像だからこそ、今は広く無償でメディアに提供してほしいと切に願う。
残念ながら一般の方の間では、選手の顔や声すら知らない人のなんと多いことか。

そして日本代表の認知度やステータスを高めるためには、思い切った企画も実現できないものか。
それは、代表戦のチャリティ―マッチの実施である。
サッカー協会は義援金寄付や、復興支援プロジェクトを立ち上げてチャリティ―に協力する姿勢を打ち出していることは間違いない。
それでもさらに国民の共感を集め、かつ震災支援にも役に立つために、サッカー日本代表もまたスポーツの持つ力を発揮して被災地に貢献できないかと思うのだ。

2011年3月の東日本大震災の時に、急遽チャリティ―マッチが行われたことを覚えている人は多いだろう。
予定されていたキリンチャレンジカップ国際Aマッチが諸事情により中止になり、日本代表とJリーグ選抜の対戦が組まれた。
被災地の人々を激励するようなカズのゴールと、久々のカズダンスは印象的だった。
何より試合開催による収益は1億1349万8492円、募金活動で約2231万、物品販売収益は約3389万が寄せられ、合計1億6970万7176円の義援金が集まった。
試合収益のうち5000万円は創設された「サッカーファミリー復興支援金」に充てられて、最終的に1億1970万7176円が日本赤十字社に寄付された。
また試合で使用された選手のユニフォームや、出場選手たちが持ち寄ったスパイクなどもインターネットオークションに出品され義援金の一助となった。
落札総額は4422万7162円となり、三浦知良がゴールを決めたスパイクは、777万8777円で落札された。

2011年の東日本大震災は未曽有の災害であったのは間違いない。そして2024年の能登半島の震災も大変な出来事だった。
あえて詳細に当時の義援金金額を書き上げたのは、そうした規模感で貢献できる力を日本サッカー界は秘めているということだ。
ワールドカップ参加の諸準備に経費が必要な年度に興行収入を寄付するのは、サッカー協会としては厳しいとは思う。
そのほか諸条件のためチャリティ―マッチ実現が無理なら、インターネットオークションだけでもいいだろう。
久保建英のスパイクや三笘薫のユニフォーム、鈴木彩艶のGKグローブなど、ファンが手に入れたいものは多いはずだ。

さらにファンとの触れ合いを目的に、試合のない練習日に一般の人との触れ合いイベントをたとえ1時間でもいいから実現できないであろうか。
ピッチで憧れの選手とパス交換できたりしたら、少年の一生の思い出にもなるはずだ。
他にその場でのチャリティ―バザール開催、記念品販売やプレゼントなど、ファンとの絆を一気に強いものにできれば何でもいいと思う。
確かにクラブチーム単位のファンサービスはチームごとに実現しやすい。
しかし代表となると、まず招集期間が限られている上に、個人事務所との関係も含めて契約マターもあると思われるからハードルは高そうだ。
それでも、何かを始めなければ何も起こらない。
10年先には、日本代表と言えばチャリテ―マッチやファン感謝デーが、1年に1回は開催されるというような”サッカーの国”になっていてほしいという願望も込めてのことだ。

サッカーの神様が、森保ジャパンに与えてくれた史上最長448日間の準備期間は、刻々と過ぎ去っていく。
その間、ことあるごとにメディアは論評し、サポーターの心も揺れるのだろう。
何より選手の情熱はたぎっていくばかりだろう。そして誰一人準備を怠るものはいない。
日々のそれぞれの戦いの場があり、それはサッカーで稼ぐ生活の場でもあるから、ケガにも気を付けつつ全力プレーを積み重ねていった先にあるのがワールドカップである。
いずれにしても、この準備の時を後悔のないように、有意義に過ごしてほしいと願う。

そうした時の中で、できるだけ多くの伝説やエピソードが生まれることも期待する。
今年のスペイン国王杯準々決勝で、久保のいるレアル・ソシエダがレアル・マドリードと壮絶な得点争いの末に延長戦までもつれ込む大接戦を演じた。
その中心に久保建英がいた。
またイングランド伝統のFAカップに鎌田大地所属のクリスタル・パレスが準決勝に駒を進めている。
出来うれば5月17日の決勝まで進み、鎌田が絶妙なアシストなりゴールを決めて、その名を刻んでほしい。
Jリーグにおいてでも、かつてのゴン中山や大久保嘉人の様にゴールを量産して、連続ハットトリック記録が生まれる様なエピソードが生まれたら素敵だ。
その時には当然、その選手は代表に呼ばれることだろう。

日本サッカー発展に必要な準備時間は、実はこの448日間にとどまらない。
それでもこの準備の日々に「最高の景色を」とアドバルーンを上げてこそ、その先にもある将来への明確な道しるべとなる。
さらなる4年、いや10年、25年と日本サッカーが世界一の称号を得るのみならず、”サッカーの国”だと自信をもって名乗れるための準備期間は、未来へ綿々と続いていく。
だからこそ今、この448日間の準備における向き合い方や、取り組み、アイデアに対する投資、それを支える哲学、信念、情熱、覚悟が大きく問われている。

未来の日本代表を担うかもしれない子供たちの憧れとなるべく、森保ジャパンはワールドカップでの最高の景色を目指す。(サウジアラビア戦の試合前セレモニーから)


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