
1972年の悪夢の出来事をテーマに、また一つの映画が制作された。
それは「セプテンバー5」(原題September 5)、2024年2月から日本でも公開されている。
ミュンヘンで8月26日から9月11日日まで開催された第回夏季オリンピックでのことだ。
大会も終盤を迎えた9月5日、悲劇は起きた。
パレスチナの過激派組織「黒い九月」のメンバー8名が、選手村のイスラエル選手団宿舎に武装して侵入、抵抗した選手ら2人を殺害し、残る9人を人質に取る。
彼らはイスラエルに収監されているパレスチナ人テロリストや日本赤軍・岡本公三らの解放を要求した。
解決は西ドイツ警察に一任されることになったが、ミュンヘン近隣空港でのテロリストとの銃撃戦の結果、ヘリコプターに乗ったイスラエル選手団9名が殺害され、人質11人全員が死亡という最悪の結果となった。警察官1名とパレスチナ人5名も命を落とした。
今回、この映画について取り上げたのは、近代オリンピックの歴史の中で、このような不幸に見舞われた大会は類を見ないことを改めて強く感じたからだ。
そして相変わらず解決するどこらか、深刻化するイスラエルとパレスチナの戦争が根の深いことを再認識させられたこともある。
このテーマでは2008年に公開されたS・スピルバーグ監督の映画「ミュンヘン」が有名だ。
オリンピックのテロ実行犯の背景を描き、復讐の連鎖は終わらないと警告するような内容で秀作であったと思う。
そして「セプテンバー5」は、この事件を一つのメディアの事件報道対応に焦点を当てて描いて見せたことが印象的であった。
特に放送人であった私にはワンシーンごとに心に響く映像と音声が90分続いた。
オリンピック史上最悪の悲劇として今なお語り継がれる1972年ミュンヘン五輪で起きた人質テロ事件の際に、世界が注目する事件を突如生中継することとなり、極限状態に置かれたTVクルーたちの視点で事件発生から悲しい終結までの1日を描いた映画は大変印象深かった。
テレビ放送に関わった事のある者としては、マニアックなディテールも気になる。
まず、映画の中で登場するカメラも、1970年代のものでサイズも大きくレンズの性能も今よりは劣る。
選手村の様子をダイレクトに伝えるために、その大きなカメラをスタジオから戸外に移動させるのだから大変だ。
また選手村にアスリートに成りすまして潜入したスタッフが、撮影して持ち帰るのは懐かしいフィルムの缶であり、ビデオではない。
撮影済みの16㍉フィルムを即座にモノクロ現像したり、中継映像にテロップを乗せるのに文字をピンセットで拾って、黒バックに貼り付けて撮影して合成するなど、当時のテレビ技術の再現も非常に興味深い。
スタジオに設置されたビデオテープの再生装置も、当時おそらく2インチ幅の大きなもので、操作性も悪かったのを思い出した。
テープを早送りすると映像が見えないため、細かな編集には全く向いていないものであった。
また肝心の衛星回線伝送枠の取り合いこそ興味深い。
当時は放送衛星は少なく、国際的な伝送は世界中でも込み合っていた。
いくらいい素材があっても、現場から送ることが出来なければ意味がない。
アメリカには3大ネットワークがあり、このオリンピックの放送権こそABCが獲得していたから競技の衛星伝送枠こそあらかじめ抑えていたと思うのだが、別途ニュース枠などは少なくとも3局で分配していたのだろう。
CBSやNBCも競技生中継権利はなくとも、おそらく競技場外で撮影した選手のインタビューや町の雑感などをミュンヘンから伝送していたに違いない。
CBSと伝送枠の交換をし、NBCとも交渉するシーンは放送人の苦労を描く。
我々の昭和、平成の初期までは同じ苦労があったことも蘇る。
今ではネット環境が整い、常設海中ケーブル、光ケーブル等が使用されて、衛星回線が取れないから伝送できないとか、途中で伝送が断という事故も回避されている。
というよりむしろ、ライブUと呼ばれる小型の伝送機器とPCとWi-Fiがあれば、その場で伝送も可能な時代になっているのだから隔世の感がある。
ところで映画に登場するテレビスタジオの様子やオリンピック中継スタッフの日常自体は現在と変わっていない。
数多く並んだ画像モニターを確認しやすいように、薄暗く設定されたさほど広くないスタジオ。
多くのスタッフが一斉に指示を共有するためのインカムヘッドセット、無線機(ウォ―キートーキー)、アメリカ本土からの指示や最終判断は固定電話だ。
そして徹夜明けのコーヒーと、真夜中の緊急での呼び出し電話に憔悴気味のスタッフたち。
しかし強調すべきは、このスタジオに宿ったメディアの精神こそは変わっていないということだ。
それは現場に一番近い人間が、責任と覚悟を持って現実に起きていることを忠実に視聴者に伝えるという使命感だ。
ただしそこにはスクープや特ダネといった独自の功名心も見え隠れすることもある。
それでも映像や音声を制作する特定の手段と権利を持つ放送人たちは、メディアの果たすべき役割として全力を尽くす。
1972年アメリカABCの放送スタッフは数々の制約のある中でも、自分たちのいる100m以内で起きた事件を懸命に生放送で伝えようとした。
自分たちが伝えなければ、何もそこでは起きなかったことになってしまうかもしれない。
あるいは伝え続けなければ、事実が隠蔽されたり、歪曲されることすらあるからだ。
しかし、ただひたすらに現場を映し続けたことで、警察側の作戦行動が犯人側に筒抜けになり、人質救出作戦が中止される事態まで生み出してしまった。
逆にその後の、選手村からヘリで移動した先の空港での銃撃戦は映像はおろか、正確な情報すら生放送で伝えきれなかった。
真の使命は果たせなかったと言ってもいいだろう。
最後に、何より昔と変わっていないものがある。
本来ならば、それは絶対に変えていかなければならないものだ。
それは国や民族の争い、領土、主権の取り合いである。
宗教上の対立も絡み、怨恨、復讐の歴史が繰り返されている。
すなわち戦争がやむことがないという悲しい現実だ。
いまだにイスラエルとパレスチナの戦争は終わりが見えず、多くの犠牲者を生み出している。
ロシアとウクライナの戦争も既に3年が経過し、双方の国民は疲労困憊である。
他にも世界中のあちこちで、日本では報道されることが少ないアフリカなどの内戦が多くあることも知らなくてはならない。
わずか90分に込められた史実の重さが、この映画にはずっしりと横たわっている。
イスラエルとパレスチナの対立とその歴史的な背景。
過激な行動で強引な主張をするテロリストの系譜は、残念ながら現在にも脈々とある。
ユダヤ人虐殺ホロコーストを生み出した国、ドイツでの再びのユダヤ人の悪夢を、ドイツの警察は救うことが出来なかったという一人のドイツ人女性スタッフの視点まであった。
そうした歴史を背負った当事者でなければ、映画の鑑賞者が彼らの抱く本当の心情を理解できたかどうか。
そして2025年の現在、私たち世界の状況はどうだろうか。
どんなに距離が離れていても、物理的には映像を24時間配給できる技術体制は確立された。
事実、1991年には既に湾岸戦争で無人衛星のとらえた空爆の様子は赤裸々に映像化されて世界中の人がライブで観ることになった。
2001年アメリカの貿易センタービルにおける同時多発テロは、ハイジャックされた2機目のビル突入と火災、崩落までがリアルタイムで全世界に放送された。
さらにロシアとウクライナの戦争の様子はSNSなども含んで、これまた世界中の人々が毎日の出来事として目の当たりしている。
情報伝達に、もはや国境はなく時間の制約もない時代となった。
しかし、これらは本当の事実であろうか?
時にAIが作成したと言われるフェイクニュースまでが横行し、それぞれの戦争当時国が相手国を非難し合っている。
政府などの発表では民間施設は攻撃していないと言いながら、実は多くの民間人、とりわけ子供までもが空爆で犠牲になっているニュースが伝えられる。あるメディアは戦地に侵入して報道を続けていたが、病院までもが襲撃や空爆にあっている事実が伝えられた。
このような事実すらまともに伝えられていないとしたら、真実には到底届かないであろう。
歴史上起きた悲劇の一日をわずか90分で濃密に描いたこの映画が、現代にいまだ多くの世界にはびこる悲劇を考えさせられる一助になった事に感謝したいと思う。
映画を観終わって、かつて日本テレビに在籍したドキュメンタリー制作者である岩下莞爾氏(1993年没・享年58)の言葉が、何故か頭に浮かんだ。
岩下氏は、1988年に世界最高峰のチョモランマ(エベレスト山)の頂上から世界で初めて生中継を成功させた企画・統括責任者だ。
チョモランマから見下ろす絶景はいったいどのように美しいのか、そこに至る道のりはいかに厳しいものか。
その全ては1988年5月5日に頂上から送られた360度のパノラマ映像が、偽りなく実在する自然の美しさと厳しさをストレートに生放送で伝えていた。
後に日本テレビの24時間テレビ内の特集で、テレビへの”遺言”と紹介された岩下氏の言葉である。
「あるがままに撮ろう、あるがままに語ろう、在るものはあると言おう、無いものはないと言おう。
無いものを在ると言ってはいけない、在るものは無いと言ってはいけない、もう一度あるがままに伝えよう」
昭和の偉大なテレビ制作者の言葉は、普通に受け止めれば当たり前すぎるように感じるかもしれない。
それでも今の私たちは憶測でものを言っていないだろうか。
面倒くさいことは言わないでおこうと逃げていないだろうか。
恣意的に都合のいい解釈で事実を伝えようとはしていないだろうか・・。
知らないことをネットで調べて終わらせていないか、現地にも行かずに批判したり、同調してはいないか。
歴史を詳しく検証しないで、一部のメディアの意見ばかり信用していないか。
起きたことを自分の目で確かめる力が鈍ってきてはいないか。
覚悟と勇気をもって伝える精神は衰えていないか。
令和の時代、今再び、あるがままを伝える難しさを痛感させられた。