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冬季オリンピック招致の不思議 ~札幌の見通しが甘かっただけか~

札幌市が熱心に招致を進めていた冬季五輪・パラリンピックの2030年、34年大会の可能性が共に消滅した。
国際オリンピック委員会(IOC)は2023年10月30日、開催地を30年フランス、34年は米ソルトレークシティーに絞り込むことを公式にしたためだ。
さらに38年もスイスに優先交渉権を与えることが決まり、9年間続けてきた札幌市の招致活動は事実上の「白紙撤回」となった。
14年に招致を表明した上田文雄前市長のバトンを引き継ぎ、活動を率いてきた秋元克広市長はこの日、新たに38年大会の開催地も固まったことに「衝撃的で大変驚いている」「今後についてもゼロベースで考えざるを得ないというのが正直なところだ」と語り、失望感を隠さなかった。落選の原因については、東京大会の汚職で世論が盛り上がらなかったこと、コロナ禍で市民との対話ができず、開催意義を伝えきれなかったこと、さらにはIOCの動向を含む国際情勢に関する情報が十分把握できなかったことなどを挙げた。
そしてついに11月19日に札幌市は、冬季五輪・パラリンピックの招致活動を「停止する」と表明した。
「撤退」や「白紙」といった表現を避け、将来的に開催する可能性を残す狙いがある。
複数の関係者によると札幌市は、2038年大会までの招致が厳しくなり、現時点で42年以降を見据えた招致活動継続は困難と判断。
だが天然雪が豊富な札幌市が開催地として期待される可能性はまだ残されていると言われるが・・。

新聞などの関連記事の見出しはこうだ。
「札幌招致 見通し甘く」「38年スイス優先 寝耳に水」
確かに東京2020の汚職や談合事件など招致への逆風は吹いたが、何より最初から招致支持率は低かった。
そのことでIOCに対して2030年大会の招致は推進できずにいたが、34年大会も同時開催内定の話はないと踏んでいたのがJOC(日本オリンピック連盟)であり、さらに38年大会もスイス優先のことなど全く想定していなかったようだ。
30年大会の開催地はもともと、今年6月までに決定される予定だったが、延期されていた。札幌の招致動向をIOCは探っていたのだろう。
しかし日本オリンピック委員会(JOC)と札幌市は今年10月、30年大会招致の断念を正式に発表した。
2021年東京五輪の汚職スキャンダルなどで開催への不信感が募り、支持の声が広がらなかった。
それにしてもIOCから札幌並びにJOCは甘く見られたといわれても仕方がない。
東京2020大会以前には、札幌は2030大会の一番候補と報道され続けて、IOCも地球温暖化に左右されない競技に絶好のパウダースノーの都市として持ち上げていたではないか。
札幌招致の足踏みは日本側の事情であったのだが、そもそも招致ライバル都市の状況すらあまり知らされていなかったようだ。
結局、IOC は2030年冬季五輪の最優先候補地にフランスのアルプス地域を選んだ。

30年大会は他にスイスとスウェーデンが候補に挙がっていたが、34年大会はソルトレークシティーが唯一招致に名乗りを上げていた。
両大会が正式に決まれば、フランスでは1924年のシャモニー大会、68年のグルノーブル大会、92年のアルベールビル大会に続き4度目の冬季五輪開催となり、ソルトレークシティーでの開催は2002年以来2度目となる。
IOCは今回、地球温暖化で雪上競技が可能な国が徐々に減っていくため、30年大会に加え、34年大会の最優先候補地(米ユタ州ソルトレークシティー)も選ぶなど、早めの開催地確保に動いた。
正式決定は来年7月だが、もはや変更はないであろう。2大会同時決定となれば、冬季五輪史上初となる。

ところでこうしたオリンピック開催地は現在どのようなプロセスで決定していくのかという基本的なことがあまり一般に知られていない気がする。
以前までは全IOC委員の投票で選考していたが、2019年に導入された新プロセスがある。
夏冬大会共に、IOCの中に将来開催地委員会なるものが発足し、関心のある候補地と委員会が対話を継続し、タイミングを見てIOC理事会に候補の絞り込みを提言するやり方に切り替えたのだ。
背景には選考に漏れても継続的な対話は残すため、いわゆる招致の負け組は出ない、IOC総会では候補地委員会が提案した原則一都市候補を承認するだけになるので、招致の過熱や買収疑惑などの土壌を生まないというのがIOCの言い分である。
ゆえに2020夏季大会が2013年ブエノスアイレスにおけるIOC総会で、IOC委員全員による投票で東京が選ばれたが、当時のロゲIOC会長が、封筒を開けて「TOKYO!」と発表したようなシーンはもう見ることはないのだろう。

そうした背景も踏まえて、我々は札幌以外の招致候補地についても知らないことが多いことに、今更ながら気付かされた。
例えば冬季競技強豪国のスウェーデンはどうか。2023年年2月に招致を検討し、調査を進めると発表し、いきなり招致の有力候補に名乗り出たはずだった。
最有力候補といわれ続けた札幌の招致が進まなかった中での出来事だった。
そもそもスウェーデンは26年大会招致にも手を挙げており、ストックホルムと、山間部のウィンターリゾート、オーレの2都市を中心に既存施設を活用し、夏季で使用したオリンピックスタジアムも閉会式などで使う予定だったが、イタリアのミラノ・コルティナダンぺツォに敗れたのだった。

当時IOCが実施した地元支持率調査では、スウェーデンは55%。イタリアの83%と劣っていたうえに、政府の財政支援を得ることにも苦労した。そして今回もスウェーデンは五輪招致を逃したのだが、これがなんと9回目のことであることには驚きを隠せない。
スウェーデンでは国王も参加するという世界最古のウィンタースポーツとされる”ヴァーサロペット”と呼ばれるクロスカントリースキーの大会を誇りにしている。
起源は1520年からとも言われており背景には国の独立の物語まであると聞く。毎回1万6000人が参加するだけに、政治とは別に冬のスポーツへの愛着の深さが窺い知れる。

そのようにウィンタースポーツが盛んなスウェーデンの熱意は、おそらく札幌よりも強いのかもしれないと思ってしまう。
2026年大会招致でミラノに敗れたときにはスウェーデン国王までたいそう残念だと語っていたと、IOC名誉委員の猪谷千春氏から話を伺ったことがある。
いずれにしても政府の支援や民間資金収入の達成は困難という将来開催地委員会の評価であり、IOCはスウェーデンとの対話については今後どうしていくのか、全く不透明といえるだろう。
冬のオリンピック招致に9回手を挙げても、何らかの理由で残念ながら開催の見通しが立たない都市が世界にはあるのだ。

そしてスイスである。
今回2038年招致の話し合いの優先権を与えられたスイスのローザンヌにIOC本部はある。
スイスもまた幾度となく招致へのアプローチを繰りかえしてきた。
1994年ローザンヌ、2006年シオン、2010年ベルン、2022年サンモリッツとダボス共同、そして2026年ヴァレー州のシオンがトライしたが、ことごとくとん挫した。
もともとスイスでは国民投票(レファレンダム)の原則が大きく働いているから住民の支持が得られなければ、招致は難しくなる。
2038年開催に向けてスイスは意欲的だが、果たしてどうなるだろうか。
1928年、1948年と2回も冬季五輪をサンモリッツで開催した実績のあるこの国もまた、”持続可能性(サスティナビリティー)”の高い大会を目指し実現すると言っている。
すなわち既存の競技施設を限りなく有効利用するというのだ。
こうしてみていくと札幌だけが圧倒的な有力候補といえたかどうか、今更ながら疑問も湧いてくる。
2038年開催の交渉優先権はあくまでスイスであり、2027年まではその他の国とは一切会話しないというIOCの徹底ぶりにも驚かされる。
札幌の招致足踏みだけではない、ほかの都市での開催実現のカードをいまやIOCはしっかりと持っているというしかないだろう。
その一方で、地球温暖化の影響で候補地確保は今後ますます難しくなっていくと予想され、IOCは、少数の都市での「輪番開催」を探っていくとの見方もある。
そんな中で、将来的に日本、札幌の開催実現はあるのだろうか。

テレビ局出身でジャパンコンソーシアム(JC)でもよく仕事をさせてもらった私にとって、IOCとJCとの放送権契約のことも思い起こされる。
JCとはNHKと民放放送局からなる民放連が、共同で放送権を支払い、放送体制を構築する母体である。
このJCとIOCとの夏冬合わせた放送権契約(正確には配信やライブサイト権なども包括するメディア権と呼ぶ)については、以下のように合意されている。
2018年平昌から2024年パリまで、東京2020を含む4大会で1100億円、2026年コルチナ・ダンペッツオから2032年ブリスベンまでの4大会では975億円と高額な支払い契約となっている。
東京の夏季オリンピックを含んだ時に、地元開催によることもあり権料は跳ね上がったと思うが、最新の4大会もまたかなり高額なものである。
2026年の欧州、2028年ロス開催といった日本とは時差が大きい都市開催にもかかわらず、その前の東京を含む4大会パッケージに近い金額となったのは、今回のパッケージには2030年札幌開催が見込まれてのことだと個人的には推察している。
このパッケージの契約成立は2019年11月のことである。
もちろんIOCとの交渉自体には問題なく、だまされたわけではもちろんないが、自国開催の盛り上がりと時差のない放送はたいそう魅力的であることには間違いない。

2014年から21年まで東京オリパラ組織委員会で仕事をした関係上、IOC関係者とも会話や交流はあった。
当然あくまで非公式だったが、2030年札幌でまた会おうと、あたかも札幌開催は既成事実のように感じていたのは正直なところだ。
札幌の何がいいかというと天然雪の豊富さと1972年の開催実績を挙げていた。
加えて東京2020大会の準備途中では、IOCは日本の開催能力は高く評価していた思う。
そのような中、札幌地元住民の支持率が伸びていないのは紛れもない事実ではあったのだが、IOCは札幌開催の方向で当時は考えていたと思う。
これまた個人的な推測だが、2024年夏季パリ大会の準備のプロセスの中で、IOCはパリ、ひいてはフランス国家に対しての政治的支援、フランスオリンピック委員会の民間スポンサーの資金集めのやり方など、オリンピック準備に臨む姿勢を高く評価していたのだと思う。
だからこその短い期間での立候補にも関わらず、2030年はフランスの都市に決定したと考えてもいいだろう。
私の友人などは、「ああフランスはもともとクーベルタン伯爵が提唱したオリンピックの御膝もとだから優遇されているんだよね」等と言うが、もちろん根拠は全く無い。
いずれにしても東京大会の不祥事が大きな負の要素になったとはいえ、そもそも札幌市やJOC(日本オリンピック委員会)の準備にかける情報収集や技量がフランスなどより劣っていたのではないかなど、考えさせられることは多い。

蛇足ながら、IOCにとって大きな収入となる放送権の中でも大きな財源となるアメリカNBCの存在も気になってきた。
NBCは2022年から2032年大会まで76.5億ドル(日本円で約1兆1400万円)の莫大な金額の放送権契約をIOCと締結している。
しかし2034年アメリカのソルトレーク冬季オリンピックからの契約はこれからだ。
地元開催のオリンピックにはNBCのみならず、ABCやCBSも虎視眈々と契約を狙っているのかもしれない。
かつて地元開催の1984年ロスオリンピックをABCに権利を奪われたり、1998長野冬季大会ではCBS にその権利を取られたからこそ、NBCの大型長期放送権契約が始まったともいえるだけに、IOCはNBCに対しても既得権ではないと、強気で2034年からの更新パッケージで高額の放送権料を要求するかもしれない。

話はどんどん脱線していくようで、このくらいにしたいと思うが、いずれにしても札幌が冬季オリンピック開催を現実的に提案できるようになるかもしれない最短の2042年まででもあと18年もある。
果たしてそのころにオリンピックは自国開催を目指す素敵なスポーツ大会として君臨しているのかすらわからない。
そして何より招致から開催国決定のプロセスも今一つ明快ではない気がする。
ただ思えばアスリートたちにとっては、開催国の都合や経済効果など二の次の話であることは間違いない。
それでも観客サイドからすれば自国で世界最大規模のスポーツ大会を見てみたい純粋な気持ちは変わらないとは思うのだが、そういったスポーツへの愛情や情熱をベースに今後オリンピックはとらえられていくのかどうか、見守りたいと思う。
そして日本の中ではウィンタースポーツの中心地のひとつ札幌が、地元住民の賛同も得られるような未来に向けたビジョンのある招致の意義を打ち出せるようなら、そして何より地元住民、国民が待ち焦がれるようなオリンピック招致への思いが生まれ継続していくなら、未来の開催に向けて応援したいとも思う。



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