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今夏の世界陸上で見た景色 ~2025年東京開催への期待~

今夏の世界陸上ブダペスト大会で、女子やり投げの北口榛花が金メダルを獲得した。
日本人選手の陸上フィールド女子競技での金メダルはオリンピック、世界陸上を通じて史上初の快挙である。
陸上の世界では女子選手が世界一やメダルを獲得してきたのはマラソンと一部のトラック競技だけである。また、今回の世界陸上で優勝したことにより、来年開催されるパリ五輪代表にも内定した。

北口は、最終6投目で66m73のビッグスローを投じ、逆転優勝を決めた。
1投目・2投目は61m後半と伸びず、3投目で、63m00を投げ、2位に浮上したもののその後は記録が伸びず5投目を終え、4位に後退。そして、最終6投目で、2位の65m47を逆転した。前回の2022世界陸上でフィールド女子競技日本人初の銅メダル獲得、そして今大会世界ランク1位で迎えた今夏の世界陸上だけに大きな期待がかけられていた。

北口が世界陸上金メダルを獲得するまで成長できた背景には、2019年からのチェコ修行があるといわれる。
2018年にフィンランドで開かれたやり投げの国際講習会で、チェコ人のデービット・ケセラックコーチの指導に興味を持ち、自らメールを送って指導を頼み込んだと聞くから積極性がすごい。
世界記録保持者であるバルボラ・シュポタコバ選手と共に練習し、ケセラックコーチから指導を受けながら、陸上ダイヤモンドリーグ(DL)という世界を転戦する国際大会に参加して力をつけてきた。
DLは陸上界で世界最高峰の大会であるとともに、上位3名だけが最終投てきに進出できるルールもあるから、その舞台で世界の強豪と競うあう度胸と勝負強さを学んできたに違いない。

昨年の世界陸上ユージン大会で初の銅メダルを獲得した時も6投目の逆転劇によるものだった。
そして最近の9月8日、陸上ダイヤモンドリーグ(DL)ブリュッセル大会で北口は67メートル38の日本記録で優勝したが、世界陸上に続き、これもまた最終6投目のビッグスローを披露した。
日本人では初優勝でも快挙だったDLで今季は3勝、通算5勝目を挙げたから強さは本物中の本物だ。
『自分は、最終投てきに強いんだぞ』という自信こそが彼女の強みでもある気がする。
ただその自信の裏付は、持って生まれた身体能力や才能であろうが、単身チェコに渡り孤独にも打ち勝ちながら、自分の道を開拓してきた逞しさにあるような気がする。
確かに何もつてのなかったチェコの地で、言葉や食事、環境の違いを克服してきた精神力は並大抵ではない。
2021年の東京オリンピックでは日本勢で57年ぶりの決勝進出を果たしながら、けがもあって12位にとどまった。
来年はパリオリンピックがあり、今度こそ金メダルが大いに期待される存在になった。
まだ25歳という若いアスリートは、72m28の世界記録更新まで視野に入ってくるから大いに楽しみだ。
そして2025年には東京で世界陸上が開催される。北口には世界陸上2連覇を、大勢の日本人ファンの前でぜひ達成してほしいと思う。

また今回の世界陸上から来年のパリオリンピック、さらに2年後の世界陸上東京大会で見られるかもしれない新しい景色の可能性はほかにもいくつかあった。
男子110mハードルでは日本勢初の決勝進出で見事に5位入賞を果たした泉谷駿介で、彼もまたDLで優勝経験を持つから世界で戦える選手の筆頭だ。
また男子100mではサニブラウンが世界陸上2大会連続で決勝に進み6位入賞し、100mという種目でファイナリストになる偉大さを感じさせた。
かつてオリンピックで銀メダルの実績もある男子400mリレーは今大会こそ5位だったが、力のある4選手による巧みなバトンパスを武器に再びメダルを狙える種目だと信じている。
男子3000m障害の三浦隆司、女子5000mの田中希美、女子10000mの広中璃梨佳、男子35㎞競歩銅メダルの川野将虎、6位の野田明宏など幅広い競技で入賞を果たした。日本のメダル獲得は2個で前回の4個から減ったものの、8位以内入賞は11で過去最多だった。
パリ、東京と2年という年月でさらなる高みの景色に期待したいと思う。

2021年夏、パンデミックの影響で、あの新しく完成したばかりの国立競技場に観客は誰一人いなかった。
私は組織委員会の放送部門の担当として国際信号制作チーム対応のため国立競技場にもいたが、男子100m決勝に立ち会ったときも、世界一速い男を決める緊迫したレースにも関わらず、なにかゲームかアニメの世界にいるような現実味のない妙に冷めた空間を感じたものだ。
日本のメダルも期待された男子400mリレーにおいては、日本チームの第一走者から第2走者へのバトンリレー失敗にも、スタンドからの落胆の声や悲鳴すら聞こえてこなかった分、かえってそのミスがとてもみじめで悲しいもののように感じた。
関係者の声とざわめきしかない、大歓声も湧き起らない世界は、本来のスポーツ大会の魅力からはかけ離れていたのは事実だった。

2025年東京大会の会期は9月13日(土)~21日(日)の9日間で、9月13日の開幕は大会史上2番目に遅い日程となる。
発表によると、日本陸連とWA(国際陸上連盟)は関係機関などと調整してきたが、日本陸連は厳しい暑さによる選手や大会運営への負担を軽減するため、大会招致段階から9月開催をWAへ提案。調整の過程ではその点も考慮されたとしている。
東京オリンピックでは暑さ対策という理由で、いきなりIOCとWAの決定によりマラソン、競歩が東京から札幌に会場変更となった。
これもまた組織委は振り回されて現場スタッフは血の出るような苦労を強いられたのは間違いなかった。
その時の学びの歴史から、上記のような大会日程が実現したと思うから本当に良かったと思う。

世界陸上選手権は1983年ヘルシンキ大会で始まり、2025年東京大会は20回目となる。
日本では過去2回開かれているが、会期は1991年東京大会が8月23日~9月1日、2007年大阪大会は8月25日~9月2日だった。
2025年東京大会は、東京・国立競技場をメイン会場に49種目(男子24種目、女子24種目、男女混合1種目)を実施する、
なお東京五輪では北海道・札幌で行われたマラソンや競歩も、都内で実施される予定。世界約210の国と地域から約2000名の選手が参加する見込みとなっている。

日本陸連の尾縣貢会長も「9月中旬の暑さも和らぐ好季に世界陸上を東京で開催できることはよかった。多くの観客の熱い声援と視線の渦巻く中で、世界中のアスリートが心躍るような熱戦を展開してくれることを楽しみにしている。本大会が、国内外の人々に陸上競技の魅力を届けるとともに、東京2020のレガシーを継承していくことを願っている。」といった趣旨のコメントを出している。
2025年東京の国立競技場で、2021年には叶わなかった6万人を超える大観衆の歓声が響き渡る中で、アスリートたちが素晴らしいパフォーマンスを思い切り発揮すること、そしてその感動をスタジアムで共有する世界が蘇ること、それこそがパンデミック後の本当の新しい景色なのだと期待している。

2019年12月に完成し2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場になった新しい国立競技場は、コロナ禍により大会時に観客を迎えることはできなかった。

1991年東京の世界陸上は日本テレビが国際信号制作をし、全世界に映像を届ける仕事を担当しただけに世界陸上には個人的にも思い入れがある。
添付のシリーズ・記憶の解凍②「1991世界陸上男子100M決勝 9秒86の舞台裏とテレビマンたちの矜持」も併せてご覧いただければ幸いである。

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