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ワールドカップ予選にある憂鬱 ~北朝鮮アウェー平壌開催白紙騒動~

もう当面の間、北朝鮮国内ではFIFAワールドカップやAFCアジアカップの予選など、開催できないのではないかとさえ思ってしまう。
衝撃の出来事は、2026年のFIFAワールドカップ2次予選(2027年アジアカップ予選も兼ねる)で起きた。

21日に行われた北朝鮮との、日本のホームゲームは国立競技場に約6万人の観衆を集めて開催された。
結果は、日本が立ち上がりの2分に田中碧が挙げた得点を守り切って1対0と勝利した。
その試合後、日本サッカー協会の田嶋会長から、耳を疑う事実がメディアに伝えられた。
5日後の26日に北朝鮮の平壌で行われる予定だったアウェー戦が、平壌では開催不能となったということだ。
以下、普通なら考えにくい憂鬱な出来事を、時間を追って整理しよう。

当日のキックオフ前に北朝鮮協会の団長から「平壌ではできなくなった」との報告があったそうだ。
26日の試合も日本でできないかという無茶な注文に、田嶋会長は「それは無理です」と即座に拒否。
本来なら国交もなく、経済制裁を科している北朝鮮の選手団の入国並びに滞在許可は認められないが、滞在許可を22日までということで、JFAが色々な省庁にお願いをした周到な開催準備だった。
今さら次戦まで日本開催を求められても、時間がなさすぎますと回答したのはあまりにも当然だ。

北朝鮮では日本の「悪性伝染病」が報じられており、日本で報告数が増えている劇症型溶血性レンサ球菌感染症を警戒した、防疫上の措置の影響と表向きにはなっている。しかし本番5日前のドタキャンは考えられない。
パリ五輪予選で女子代表の北朝鮮戦の会場が直前まで決まらなかったのに続いて、北朝鮮には再び振り回された。

そして22日、AFC(アジアサッカー連盟)は今月26日に開催予定だった北朝鮮vs日本の平壌開催の中止を正式に発表した。
なお、試合の可否や日程、第3国での開催など今後の行方は、FIFA(国際サッカー連盟)の関連委員会に付託され、発表するとした。

そして23日、FIFAが、延期試合の再設定を行わないと正式発表した。試合結果の扱いはFIFA規律委員会によって改めて判断が下されるというが、北朝鮮側に処分が下される可能性が高く、没収試合となれば3対0で日本の勝利とみなされるだろう。
FIFAは、「この試合は開催せず、日程変更もしないことを決定した」と明言。
「北朝鮮サッカー協会によって確証された代替開催地はなく、この試合を延期するためのカレンダーの空きもないため」と理由を説明している。

もし没収試合となれば、日本は2次予選通過が決定し、最終予選へ進む。
アジア最終予定の日程は、2024年9月2日から25年6月10日にかけて開催される。
出場18チームを抽選で3組に分け、6チームによるホームアンドアウェー方式で総当たりのリーグ戦を行う。
各グループ上位2チームの計6チームが、ワールドカップの出場権を得て、これでアジア6枠ということだ。

万が一、2位以上になれなくとも、4次予選として、各グループ3位と4位が3チームずつ2グループに分かれて第三国会場で1回戦制の総当たり戦で対戦し、各グループ1位が出場権を得るから、+2でアジア8枠となる。
さらに4次予選の各グループ2位が、ホーム・アンド・アウェイで対戦して大陸間プレーオフに進出できるから、そこで勝てばという条件付きなので、+0.5(確率は50%)という計算で、アジア枠は8・5となるわけだ。

このように、2026年大会からアジア枠が従来の5.5から8.5に大幅に拡大されたことで、最終予選で仮にグループ2位以上でなくとも、後のチャンスがあるので、本大会に出場できる可能性が大きく高まったことは大きい。
もちろん森保ジャパンが、世界一を狙うと宣言するのなら、アジアでつまずく様子など微塵も見せずに、危なげない勝利を積み重ねることが一番であるのは間違いない。

となれば、今回の2次予選で抱えたような憂鬱は、消えてなくなったと言えるだろうか。
答えは、そうとも言えないのだと思う。

北朝鮮アウェー平壌開催中止を受けたときに、森保監督は次のようにコメントした。
「昨日の試合において気になった点や改善点を修正する機会がなくなったことと、次の試合でより多くの選手を起用できなくなったことは残念に思います。
また今回、所属クラブでタフなシーズンを送っている中、招集に応じてくれた選手たちが厳しい状況の中でも常にポジティブな姿勢をもって活動に臨んでくれたことに感謝しています。
日本代表の活動は今後も続きますし、これまでの積み上げをベースにチームとしてさらなる向上を目指します。」

「チームの活動としては、第1戦で出られなかった選手がいたなかで、試合ができればさらに多くの選手にプレーしてもらえて、そこからチームの経験値を上げる、戦術浸透していくことができたと思うので、試合がなくなったこと自体は残念」と言及。
そのうえで、「ただ、ヨーロッパで戦っている選手が多いなか、怪我を抱えているなど満身創痍で参加してくれた選手が多かった。1試合がなくなって休息の時間ができたことはポジティブに捉えたい。平壌で試合をした場合は人工芝で相手も激しく来るだろうというなか、選手たちの怪我のリスクを回避できたことをポジティブに受け取りたい」と語った。

確かに、試合以外のところでの困難も予想された平壌での試合がキャンセルになった事は、よかったようにも思う。
しかし森保監督が言うように、遠い欧州などから招集した選手の多くを起用できなくなったこと、何より21日の試合の反省を生かした修正を、真剣勝負の中で確認する機会を失ったことは、長い目で見たらマイナスになったと思うからだ。
さらには、通過が決まった6月の2次予選の残り2試合も、もちろん全力で戦うのだろうが、予選突破を賭けてというギリギリの真剣勝負ではなくなるのは否めない。

思えば今回の2026ワールドカップのアジア2次予選については、ずっとある憂鬱が深く横たわっていた。
北朝鮮との対戦もその一つだったが、それだけではない。
アジアでは史上最強と言われ、実際にFIFAランキングでもアジアナンバーワンの森保ジャパンは、1月のアジアカップで中東の高い壁の前にベスト8に甘んじた。
さらに大会中、週刊誌で性加害で告訴された事実が発覚した伊東純也の問題もあった。事実無根であっても、たった今、代表に招集できるかどうかは非常にデリケートなことは間違いない。

三笘薫、富安健洋らのクラブでの負傷による不参加も大きかった。基本的に現在の森保ジャパンのメンバーは海外を舞台に活躍している選手がほとんどだから、今後もリクスはどの選手にもある。
主力の多くがケガで不参加は、厳しい状況ではあるが、代表の層を厚くし、その時々のベストメンバーを組むという森保監督の姿勢は評価できると思う。

3月21日「日本対北朝鮮」は日本のホームとして開催されたが、平壌で開催予定だったアウェー試合は北朝鮮によってキャンセルされた果たしてFIFAの裁定はいかに。

さて、21日の国立競技場の現場では、私の頭の中には、様々な思いが交錯した。
開始2分で日本が先制したが、追加点がなかなか奪えない。守田のシュートがわずかに枠を捉えらえない。
堂安律が絶好のチャンスを逃す。相変わらず追加点を奪う決定力に欠ける。

そして後半2分に北朝鮮が日本のゴールネットを揺らした。
幸いにも直前の北朝鮮DFのファウルで、ノーゴールとなったが、1対1になっていたら戦局は大きく変わり、采配も違ったものになったかもしれない。
何より、約6万人のスタジアムのわずか一角に陣取った赤いサポーター集団は、熱心に声援を送っていたが、これがアウェーの平壌の金日成スタジアムでは、5万人が北朝鮮を応援すると想像しただけで、気が重くなった。
しかし、思えば中東イランやサウジアラビアでのアウェー戦でも、それは同じことが起きる。

そして、北朝鮮のアウェー戦については日本の放送局は中継もできない、さらに試合映像さえ一切入手できないと聞いていた。
経済制裁をしている国に多額の放送権料など払えないのは仕方がなかった。
それでも2024年の現代において、サッカー日本代表の試合映像が、アーカイブにすら残らない事態を考えたこともなかった。
しかし、第一戦の試合中には、それが現実だった。
加えて、中継がない事態は、第三国サウジアラビアのジッダで開催されたシリア戦のアウェーでも起きていた。
こちらは放送権料の高騰が主たる原因だった。
10年前には感じることのなかった、放送に関する憂鬱な問題は見過ごせなくなってきている。

試合後は、田嶋会長からの平壌開催キャンセル情報の第一報は、すぐに監督や選手に伝えられたことだろう。
ミックスゾーンに現れた選手たちは、最少得点ながら無失点で勝ち点3を獲得したことで、一様にほっとした表情であったように思う。ゴールを挙げた田中碧は明るい表情だったが、堂安はさすがに自身の反省点を抱えたような、やや暗い表情であった。

37歳で再び日本代表に招集された長友佑都は、試合の出番こそなかったがベンチから大きな声で仲間を叱咤激励していた。
北朝鮮がロングボール攻勢に出てきた後半の苦しい時間帯には、テクニカルエリアに出てきていたのが記者席からも見えた。
「苦しい時こそ声を出す。単純なことだけど大事なことかなと思う。ピッチにいる選手だけでなく、ベンチにいる選手もみんな戦っているという一体感を出したいなと。W杯でのようなみんなが一枚岩になれる強固なチームを作りたいという思いだった」
ミックスゾーンに現れた長友は明るい表情だった。
その翌日にも、この前代未聞の事態にも「初めて。だから楽しいですよ。日本代表15年の中でまた新しい経験ができる。こんなに幸せなことはない」とポジティブに捉えていた。
ただ37歳で、せっかく招集されても、試合で試される機会を失ったのも事実だ。

そして、今回の北朝鮮のような土壇場のキャンセルはないにしても、長い旅路を強いられるアジアの闘いは続いていく。
アジア大会でも日本の前に立ちはだかった中東との対戦もあるだろう。
最近でこそ、日本から調理師(コック)帯同や、チャーター便利用などアウェー遠征の苦労も少しは緩和されている。
それでも気候の変化、サポーターの圧力など、ストレスはなくならないに違いない。
さらに仕方のないこととは言いながら、欧州からの長距離移動を短期間で強いられる選手たちの中には、正直調整が難しいと本音を漏らすこともある。

そうした意味では、まだまだ日本代表のアジア予選の憂鬱は続くかもしれない。
そこで少しでも試合運営を円滑に進めてほしい。試合開催場所のドタキャンなど許してはいけない。最初から、こうした場合は没収試合として0対3の負けとみなすなど、事前に取り決めるルールの徹底を、主催者であるアジアサッカー連盟(AFC)はすべきだと考える。
最後はFIFAに判断をゆだねる様な、AFCの指導力にも疑問を感じずにはいられない。
政治とスポーツは切り離して考えるべきだとは、言い古された言葉だが、現実はそう甘くない。
だからこそ、そのスポーツを管轄する団体の統率力、そして加盟国の団結こそが今、必要ではないか。

そして放送権料の問題である。
開催国の協会収入にも大きく影響を及ぼす放送権料であるから、簡単にはAFC一元化などは難しいのは承知の上で、少なくとも放送が消滅しないように、あるいは少しでも多くの視聴者が観戦できる環境をつくる努力と知恵を期待している。
日本サッカー協会の田嶋幸三会長は、3月末で会長職を退き、名誉会長になる。
そして2027年まで任期のあるFIFA理事、並びにAFC改革タスクフォース委員に専念できる環境になるだろうから、そのあたりの意識や構造改革にも取り組んでもらいたいと思う。

本来なら、アウェーでの国際試合経験は得難いもののはずだ。
移動距離や時間の心身疲労、慣れない気候や環境、スタジアムのサポーターの雰囲気、逆風はあちこちに吹きまくる。
しかし、それだからこそ日本が世界一を目指すというのなら、関係者やサポーターも含めて、その逆風を経験しながらでも、成長していく糧にできたらいいのだと思う。

思えば、日本がワールドカップにまだ出場も叶わなかった1990年代から、ものすごいスピードで日本は成長をしてきた。
アジアでの過去の予選の苦い記憶は、ドーハの悲劇のみではなかったが、それらを乗り越えて日本は今や7大会連続で本大会に出場する常連国になった。
そしてドイツやスペインを撃破するまでに成長し、FIFAランキングも18位に上昇し、アジアでは史上最強とまで呼ばれるチームを作り上げてきたのは自負してもいいだろう。

しかしスポーツの世界でも”突然変異”という成長は絶対にない。
一つ一つ積み上げて選手の成長と共に、チーム力を上げていきながら、そこで初めてワールドカップの舞台に立てるのだと思う。
北朝鮮のアウェー平壌開催キャンセル騒ぎで、本来ならじっくりメディアも分析すべき、21日の国立競技場での日本のプレーぶりや監督采配についての議論も薄まってしまったようにも思う。
何より、森保監督自身が明言しているように「試合において気になった点や改善点を修正する機会がなくなったこと」は残念で仕方がない。

しかしこれらマイナス要素を憂鬱と考えず、前向きに予選を戦っていくことを信じている。
そう、ワールドカップ予選とは、そもそも、そういうものだ。
心身をすり減らすような真剣勝負のホームとアウェー戦があってこそ、世界のサッカーだ。
そして、苦難に満ちた、しびれる様なアジア予選を堂々と突破してこそ、本大会で新しい景色を見ることが出来るに違いない。

憂鬱とは、あくまでネガティブな気持ちを指すものだ。
憂鬱と困難は違う。憂鬱と緊張感も違うものだ。ましてや、向き合うべき課題とは別物だ。
憂鬱を晴らすために人は気持ちを強く持つこと、団結することも時に必要だろう。
そして行く手にどんなに憂鬱なことがあっても、乗り越えたチームがきっと世界で祝杯を挙げることが許されるのだろう。
後は何よりピッチ外での問題は起きないことを祈っている。
不祥事や、今回の北朝鮮のようなケースなど、起きないことが大前提だが、起きてしまったときの対応も肝心だろう。

ちなみにアジア2次予選は3月26日、各地で予定通りに行われ、アジアカップ王者のカタールをはじめ、イラン、ウズベキスタン、イラク、UAE、オーストラリアの6か国が最終予選進出を既に決めた。
ドロー次第だが、9月から始まるアジア最終予選も楽な戦いはなさそうである。

そしてヨーロッパでは、このFIFAマッチデーの期間に、今年6月から7月に開催される欧州選手権ユーロ2024のための強化マッチも含めて、国際親善試合が行われていた。
中でもフランス対ドイツは強豪同士の対戦ゆえ、親善試合といえども注目された。
2018年ワールドカップ優勝、2022年準優勝のフランスに対して、最近日本にワールドカップでも強化試合でも敗れたドイツは、2対0で勝利した。4度も世界一に輝いたドイツが、ワールドカップで日本に敗戦したショックも大きかったはずだ。
しかしこの試合は親善試合とはいえ輝きを見せた。

開始なんとわずか8秒というドイツ・ヴィルツのゴールは見事だった。20歳の気鋭であり、楽しみな選手の得点はドイツ代表史上最速だそうだ。
3年ぶりに代表復帰の、クロースの組み立ても素晴らしかった。ヴェテランの存在も忘れてはならない。
一方フランスも、エムバペの超スピードドリブルなど健在で、面白い試合だった。
一時期不調にあえいでいた憂鬱なドイツも、生まれ変わろうとしている。

あのスペインは、好調なコロンビアと対戦して0対1と敗れた。バルセロナの新鋭クバルシが出場したが、17歳60日でのフル代表デビューは歴代2位の記録で、センターバックとしては、セルヒオ・ラモスを抜き1位の記録である。
16歳57日で代表デビューのラミン・ヤマルや、17歳62日デビューのガビら若手が、将来のスペインを牽引していくのだろう。

世界のサッカーは、いつだってものすごいスピードで新陳代謝を繰り返しながら、進化していることも、忘れてはならない。
繰り返して言う。それでもスポーツの世界に、突然変異はない。

3月30日追記)
大方の予想通り、FIFA規律委員会は、「北朝鮮対日本」戦を没収試合とした。
3対0で日本の勝利が認定されて、最終予選進出が決まった。
本当の勝負はこれからだ。

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