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パリオリンピック開会式のゆくえ ~世界が注目するセーヌ川夏の一夜~

近代オリンピックがスタートして以来、開会式は全て都市の中にあるスタジアムなどのスポーツ施設で開催されてきた。
開会式を運営する中で、実際にIOCの定めるオリンピック開会式のルールは厳しく定められているのはご存じだろうか。
開閉会式、表彰式などのオリンピック式典は、全てオリンピック憲章に規定されたIOCプロトコルに従わなければならず、式典内容は詳細に義務付けられている。
開会式では、開催国の文化を紹介するパフォーマンスの実施、開催国の国旗掲揚、国歌斉唱、オリンピック賛歌の合唱、オリンピック旗掲揚・・そして何より出場選手たちの入場というものがある。
他にも最終聖火ランナーによるオリンピック聖火の点灯なども盛り込まれており、こうした要素を含めるとおのずと開会式などはゆうに3時間に及ぶ壮大なものになる。
思えば、2021年コロナ禍の中で開催された東京大会において、1年延長による経費の膨張抑制と、コロナ禍の安心安全運営のために開会式の簡素化を東京組織委員会は国や東京都とも協議しIOCに提案した。
簡素化提案の一例に、選手入場の規模縮小、時間短縮もあったがIOCはその件は承諾しなかった。出場するアスリートの栄誉ある行進をカットしないためだと聞いた。
テレビ放送権も売っているからという理由は公式には一切なかったが、アメリカNBCをはじめ、放送権を持つ局への配慮もあったのかもしれない。いずれにせよIOCプロトコル・ルールが義務なのだ。
となれば、そうした条件を満たしつつ多くの観客を集め、かつ全世界向けのテレビ中継放送が完璧にこなせるような環境をつくるためには、多くの観衆を収容できて、ビジョンなどを備えた大型スタジアムで実施というのが従来の常識となる。
しかし今年の夏パリで開催されるオリンピックの開会式は、前代未聞、史上初というべきトライがなされようとしている。

パリの組織委員会は、パリ中心部を流れるセーヌ川で開会式を実施すると2021年12月に正式発表した。
7月26日午後8時から約3時間15分にわたり実施されて、約1万500人にも及ぶ参加選手たちは、従来のスタジアム入場行進の代わりに約160隻の船に分乗してセーヌ川を下る。
世界的な観光名所を生かしながら、ノートルダム大聖堂やルーブル美術館の近くを西方向に約6キロ航行し、エッフェル塔へと向かう壮大なプランだ。
川岸や橋の一部には有料観客席が設置されるが、それ以外の場所からは無料で見ることもできるというプランで、延べ約60万人もの観客数を見込んでいた。
夏季オリンピック開会式が競技場以外の場所で行われるのは史上初で、組織委は「開会式は歴史を打ち破り、大胆で独創的なものになる」と意気込み、競技場で開催する場合より、約10倍の人々が直接観覧できることを売りにした。
ただし、その一方で厳重な警備対策は求められる。警備配置は膨大な範囲になるだろうし、60万人規模の観客輸送、アスリート他関係者の移動といった問題もある。
当然、人もお金もかかる。何より安全は確保できるのか。

それでもパリはトライをしようとしている。
その都市そのものが持つ魅力は、大会用に短期間で仕立て上げられるものではなく長い歴史と都市計画をもとに、その国の人々の暮らしが積み重なって出来上がり醸し出されるものだ。
コロナ禍がやや沈静し、人々が戻った都市の魅力や、セーヌ川に集う多くの観衆の笑顔をたっぷりと紹介し、大勢で共有しながら進行する開会式演出を選択したのだ。
無観客で開催された東京大会があったからこそ、そのコロナが終息しつつあるフランス大会は、思い切り人と人の交流、繋がりを目指しており、キーワードは”インクルージョン”(包括)だ。
ただ治安を維持する警備の問題や、運営の費用が必要以上に膨らまないことも危惧しているのは事実だ。
それでも、それらをきちんと乗り越えて、オリンピックの意義や功罪が議論される時代の中で、パリ大会が新しい風を吹き込んでくれるのではないかと期待している。

そんな中、フランスのマクロン大統領は昨年12月20日、セーヌ川での開会式について「潜在的な脅威が発生した際のプランBやプランCなどがある」と国営テレビ、フランス5で語った。
政府関係者が開会式の代替案を認めたのは初めてである。
マクロン氏は「国際的または地域的な緊張の高まりや、連続テロが起きた場合」を考慮した上で「全てのシナリオを想定し、全てのシナリオに適応する」と述べた。
開会式は当初、60万人の観客を見込んでいたが、警備上の観点から40万人に縮減する方針とした。
背景には、昨年の10月にルーブル美術館や空港へ爆弾テロ予告が相次ぎ、パリ中心部でイスラム過激主義の男にドイツ人観光客が刺殺されるなど治安維持に関する懸念が高まって、競技場外で実施される開会式の代替案を求める声が上がっていたという事実がある。
 そしてさらに今年の1月31日には、ダルマナン内相は開会式の観客数を、警備上の懸念などから約30万人に縮小すると述べた。
内相の方針について、大会組織委員会のエスタンゲ会長は、当初は60万人を見込んでいたが、半減は「絶望的でない」との見解を示した。
会長は今後の見通しについて「さらに減るかどうかは見届けたい」と説明した。
今回はセーヌ川沿いの10万人は維持する構えだが、無料となる通り沿いを30万人から20万人程度に減らす見込みだという。

やはり、セーヌ川沿いで約6キロにわたって開会式を開催することの困難は想像にかたくない。
人の輸送や移動、金属探知機設置などの規模は、人の多さに左右される。
コロナ禍の東京大会では、フィジカルディスタンス(距離を保つ)を最低2mに保つため、セキュリティーを通過する時間は倍増するという試算がなされた。従来なら行列を詰めれば時間も短縮されるものだが、とにかくエリアにアクセスする人が増えれば、警備は難しくなっていくのだ。
ましてや開催エリアがセーヌ河畔6キロという広範囲にわたることで、大観衆の制御、テロ攻撃への備えも、途方もない対応が迫られているはずだ。
ここへきての観客規模の縮小発表や、大統領によるB、Cプランの可能性示唆など、パリオリンピック開会式の行方が揺れ始めた。
よもやのスタジアムにおける開会式とセーヌ川イベントとの併用も、可能性はゼロではないかもしれない。
今ごろ、パリの組織委員会は大騒ぎであろう。いったいどんな準備対応を迫られているのだろうか。
OBS(オリンピック放送機構)による、テレビ中継体制の対応もきっと課題が多いと推察する。

ただ都市の中に人々の憩う場所や楽しむ場所が生まれて、街そのものがスタジアムのような空間になるというロマンは素敵なものだ。
予算を確保し、安心安全を担保したうえで2024年7月26日の夜、パリのセーヌ川沿いに溢れかえる人々の喝采、歓声、笑顔を世界中で共有したいと強く思う。
そして何より、オリンピック開会式という特別な舞台を借りて、未来に向けた人類の知恵と勇気、そしてテロなどには屈しない、平和を実現する強い思いを表現する場がまだまだあるという希望を、全世界に示してほしいとも願う。
パリオリンピックの開会式まで、あと半年を切った。

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