何も知らずに観ていたら、素晴らしいパフォーマンスを繰り広げる、通常のバレーボール大会の一つだと思うだろう。
サーブも強烈、ブロックも高い、リベロの守備も頑張っている。
ルールの違いは5セットマッチではなく3セットマッチ、ただそれだけだ。
しかし彼ら、彼女らは、聴覚に障がいがあるアスリートたちなのである。
デフスポーツとは、聴覚に障がいがある方の競技であり、バレーボールなどの球技をはじめ、陸上、水泳、柔道など数多くの大会がある。
来年の11月15日から26日まで東京で初めてデフリンピックが開催される。
デフリンピックとは聴覚障がい者のオリンピックであり、デフとは英語でDeaf(耳が聞こえない、不自由である)の意味を持つ。
東京に約80か国から3000人のアスリートが集い、21もの競技が繰り広げられる予定だ。
第1回大会は1924年パリで開催され、100年の長い歴史があるものだが、日本国内の知名度はパラリンピックよりはるかに劣るという。
招致や大会運営に協力する東京都としても、聴覚障がい者スポーツ普及を目指し、大会告知にも力を入れている道の途中と言える。
2月18日に、第25回ジャパンデフバレーボールカップ川崎大会に出向いた。
一般社団法人・デフバレーボール協会の理事長である大川裕二氏とは、東京オリパラ組織委員会で一緒に働いた縁もあったことで
川崎・とどろきアリーナで決勝戦を見る機会を得た。
クラブ単位のオープン参加により、男子8チーム、女子14チームが参加していた。日本国内では一番ステータスの高い大会だそうだ。
会場には数百人の観客がいたと思われるが、関係者も多く、ろう者の方もいて大歓声が響き渡るような環境ではなかった。
プレーは本当にレベルが高く、コート内でのフォーメーション確認や、ボールを拾う個々の責任エリアの受け渡しなどもアイコンタクトを中心に、簡潔な手話などを用いての連携は見事だった。
ただ一般的にみられるような、得点が入るたびに選手が輪になって声を上げる回数は少なく、輪になっても笑顔とまなざしでチームメートと喜びを共有する。
しかし、セットの流れを変える様なブロックやサービスエースが飛び出した時に、輪になった選手たちは笑顔と共に雄たけびの様な快哉の声を上げるのだ。それはベンチにいる控え選手も、コーチも同様だった。指導者もまた聴覚障がい者がほとんどだと聞いた。
確かに一ポイントずつの積み重ねが試合にとって大事なのだが、流れを変えるシーンや、本当に優れたスーパープレーが飛び出した時の高揚感がひしひしと伝わってくるのにぐっと来た。
通常の声とはならないかもしれないが、叫びの音がコートに響き渡った。
スポーツの試合の勝負の山や分かれ目を、実況や解説者がいなくとも理解出来る感じが、かえって新鮮でもあった。
女子の決勝戦の最中には、選手同士が危ない接触をしたり、コミュニケーションが足りないことによる連係ミスもほとんどなかった。
ただ予選の試合で、味方同士の接触により転倒し、他人の足で指を踏みつけられて骨折し、病院に運ばれた選手がいたと聞いた。
健常者の試合と、ほぼプレーのスピードや強度が一緒なだけに、プレーには細心の注意も必要だろうし、さらなる勇気もまた求められるのだろう。
辛うじてボールを拾った後、誰がフォローするか難しい場合は、試合中に多く発生するからである。
そんな時一般には”声を掛け合おう” ”声を出していこう”ということになるのだが、デフバレーでは容易ではない。そんな時に手話による解決法は困難であろう。
それでも試合中、お互いの一瞬の身振り手振りで、心は十分なほど通い合っていると感じた。
この大会では普及促進の目的もあり、参加選手が補聴器を着装することを認めているそうだが、デフリンピックや世界選手権では参加者全員がプレーする時の補聴器着装が禁じられているそうだ。
聴覚障がいスポーツには、パラリンピックのように障がいレベルによるクラス分けがない。
補聴器で難聴を補えるレベルの選手もいれば、全く音の聞こえない選手もいるわけで、多様な障がいレベルを、バレーコートの中ではイコールの条件にする考えだと聞く。
スポーツにおけるフェアネスの思想の一つだと解釈した。
そのデフバレーボール世界選手権が今年6月21日から30日まで沖縄・豊見城で開催される。
今大会で5回目の開催となるが、日本での開催は初めてのことだ。聞けば沖縄は日本のデフバレーボール発祥の地らしい。
日本代表の女子は狩野美雪さん(元日本代表・北京五輪出場。妹は五輪銅メダリストの狩野舞子さん)が監督で大会に臨む。
2017年には代表を率いてデフ世界選手権で金メダルを獲得しており、今回も優勝を狙って周到な準備している。
準備といえば、運営するデフバレーボール協会も日々奔走しており、初めての世界選手権日本開催を成功させて、来年のデフリンピックにつなげたいと、大川理事長も語っていた。
大川さんご自身も、聴覚障がい者である。「自分は後天的なろう者なので、声の発信は割とうまくできるが、手話はどちらかというと得意ではない」とのことだ。
でも今はアプリで文字変換が容易なのでコミュニケーションはスムーズになったと語る。
さらには、音声や手書きの文字を透明なディスプレーに表示する、”シースルーキャプションズ”という最新技術も開発されて実用に向けて動いていると聞く。
それでも手話通訳さんの存在はいつでも重要だ。手話はやはり意思交換にとって欠かせない。
とどろきアリーナで会った手話通訳さんたちは大変優秀で、何より人間同士のより良いコミュニケーションの橋渡しになろうという姿勢に感服した。
この社会は、共に生きる現場なのだという思いを強くさせてくれたからだ。
大川さんによる、川崎大会のパンフレットの一文にはこう記されている。
「現在、聴覚障がい者を取り巻く環境が大きく変わり、ろう者が主人公のドラマがいくつも放送され、アイドルが手話を学び、DXによりコミュニケーションが改善されてきた。こうした環境の変化は、スポーツが持つ力、スポーツを通した社会の連携が力となって、聴覚障害者への理解を深め、様々なバリアを取り除いていく。
ーEquality through Sports(スポーツを通じての平等)-
異なる能力を持つ人々が、手話の素晴らしさやバレーボールの楽しさに触れて、理解し、競技を通じて結びつくことで、共に生きる社会の実現を目指して進む」
そして現場では、従来の聴覚障がい者だけの狭い世界だけでのスポーツ大会では発展性がないと聞かされた。
自分は、従来のデフバレーの環境や考え方を打破したいと熱く語っていた。
日本代表の監督やコーチに、健常者のバレーボールの専門家を採用し、かつ優秀な手話通訳を配置して、レベルアップを図ったのもその一つだったという。
さらに世界選手権の試合中継映像もきちんとした体制で制作し、世界に発信したいと考えているとも。
純粋にスポーツ中継として、その魅力をしっかりと伝えたいという大川さんたちの思いは強い。
ちなみに川崎の大会ではJ:COMが放送し、5台ものカメラ(無人カメラ2台含む)で制作されて配信までなされた。
中継カメラの台数は多ければいいものではないが、コートのアスリートの真剣な表情や感情をきめ細かく追いかけるには、やはり複数のカメラがあるのは望ましい。
ところが、世界選手権での世界への配信体制作りの上では、予算が大いなる課題だとも聞いている。
10日間にわたる男女の全試合を配信するのだから、それ自体画期的ともいえる中で、果たして複数台のカメラを使用できる費用をねん出できるかなど、悩みは尽きないそうである。
それでも地元沖縄の行政への働きかけや、スポンサー集めに全力で取り組んでいる姿に応援したくなる。
6月開催、「第5回デフバレーボール世界選手権2024沖縄豊見城大会」のキャッチフレーズは、”歓声は心に響く”だ。
まずは観戦する側も声をあげて応援してみよう。その場ですぐにアスリートに伝わらないと考えないでもいい。
お互いが、多様な方法でコミュニケーションをとってみよう。
いきなり手話をマスターできなくても、アプリを使おう。時には表情だけで伝わるものもあるはずだ。
スポーツは、人をつなぐ力になり、思いはきっと届く。
そして世界中に響き渡ると信じている。