記憶の解凍とは、白黒写真をAIでカラー化して蘇らせて、記憶を鮮明に継承していく東京大学のプロジェクトのことである。

「点と線」と聞いて何を思うだろうか。
年配の方なら、松本清張氏の名作推理小説のタイトルであろうか。
ビジネスマンなら、かのスティーブ・ジョブズ氏の語った「点と点、それがやがて線になる」の名言だろうか。
「点と点をつなぐ(Connecting The Dots」は、Appleの創業者ジョブズ氏が2005年に、スタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチだ。
「将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできない。できるのは、後からつなぎ合わせることだ。だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。」と若い学生に向けて発信した名言は、さすがと思わせるものだった。
私のいう「点と線」は、きわめて単純な意味である。
物事は点という一瞬があり、スポーツであればその大会のその競技の瞬間こそが点であるし、それはその一点において勝負は決する。
オリンピックなら、あるアスリートが金メダルを獲得する一方で、銀や銅メダルに終わることもあるし、メダルに届かない時もある。
特にスピードを競うような競技、しかも短距離であれば、時の運も含めたギリギリの勝負で決着をみることが多い。
しかし、しのぎを削ってきたライバルたちは、この一点の勝負のために長い年月をかけて切磋琢磨してきているのだ。
そして競技人生の大事な年月は、一緒に多くの競技大会を経験しながら育まれた交流から生まれた絆、友情をも生み出していく。
それは無数の点の積み重ねが、やがて太く長い線になっていく様であり、スポーツのみならず我々の人生模様にも当てはまるものかもしれない。
2018年2月18日、スケートリンクで世界中の人が目撃したシーンは多くの人々の記憶に刻まれた。
それは平昌オリンピック・スピードスケート女子500mでのことである。
この競技はただ一回のスケーティング、それも約30秒ちょっとという、まさに人生における点という一瞬で勝敗は決する。
日本の小平奈緒と韓国の李相花(イ・サンファ)が優勝候補の筆頭であったが、李はバンクーバー、ソチとこの種目に連覇し、当時の世界記録を持つチャンピオンだ。
オリンピック3連覇の偉業を賭けて、祖国での大会に挑んでいた。
一方の小平は、ソチでは500m5位に終わったが、李の背中を追いかけながら以降のワールドカップ総合優勝を果たすなど、力を伸ばしてきていた。
事実、平昌大会前の国内外の大会に24連勝と好調で、優勝候補の筆頭に躍り出ていた。
レースは、2人ずつ滑る16組の中で小平は14組、李は15組。
先に小平が、チェコの選手と滑り36秒94のオリンピック新記録をたたき出した。
会場がざわめく中、次の李が滑り出す。
スタートこそ良かったものの、自身最高の滑りとはならずタイムは37秒33。結果は小平の記録に0秒39及ばなかった。
最終組が2人の記録に届かず、小平の金メダル、李の銀メダルが確定した。
母国でオリンピック3連覇の偉業を達成できなかった李は、太極旗を手に地国のファンに感謝を込めてリンクを周る。
観客からの「イ・サンファ」コールに感極まったのか、涙があふれ出ていた。
その時そんな彼女を出迎え、抱きしめたのが小平であった。
小平もまた日の丸を掲げての感謝のウィニングランであったが、日の丸と太極旗が重なり合った。
李にしっかりと寄り添い、かけた言葉は「よく頑張ったね。サンファをリスペクトしているよ」。
「よく頑張ったね」は韓国語で、その後は英語でささやいたと、公式会見で明かした。
実は2人は親友で、お互いを自宅に招待して食事を振る舞い合う仲であった。
2014年11月にW杯ソウル大会で初優勝をした小平が急ぎオランダに戻るための飛行機までの時間が切羽詰まっていた時のことだ。
連勝を小平に止められ悔しい筈の李が、リンクから空港までのタクシーを呼んで、その支払いまでしてくれたというエピソードを聞いたことがある。
他にもカザフスタンでの大会後、バスを待っている間に二人で写真を撮った際、小平が「次の五輪はあなたが勝って、私が2位ね」というと、「あなたが勝って、私が2位でいい」と李が答えたというエピソードもある。
この二人の強い絆に結ばれた友情こそが、涙する李を小平が抱擁しながら共にウィニングランをするシーンを生み出した。
1986年生まれの小平と、1989年生まれの李は、2人とも500mを得意とし、10年以上共ににリンクで顔を合わせ、スケート競技人生を歩んできた。
二人が競技の上でより強く交わり始めるのは2014年の終わり頃からである。
11月にソウルで行われたワールドカップ第2戦1日目で、小平はワールドカップ初勝利をあげ、李は2位となる。
お互いの実力を意識する関係は深まっていった。
小平にとっては年下の李に対して、スケートにかける思いを含めて多くのことを学んだという。
友情を育んだ要素はいろいろあったと思うが、お互いを認め合い、リスペクトし、共に向上していこうとする仲間としての絆が一番であったのではないか。
平昌オリンピック500m競技の翌日の公式会見で、「スポーツは言葉の要らないコミュニケーションであり、それが世界の人の心を動かす。アスリート同士、競い合うことも大事だが、お互いの国の文化、言葉を知ることでそのスポーツの楽しみが増し、競技を高める」と小平は、隣国の李相花との友情の根っこにある背景をこの様にも話した。
さらにある記者から「小平さん自身を表現する言葉を3つ挙げるとしたら何か?」と問われた時に、少し考えたのちに毅然と以下の様に答えた。
それは”求道者”、”情熱”、”真摯”の3ワードであった。
会見でその言葉を聞いた時に、勝手に思ったことがある。
きっと李相花も競技に対して求道者であり、それに取り組む熱い情熱を持っており、スピードスケートに真摯に取り組む人なのだと。
2人の絆を結んできた根底に流れるものは、こうした人間性の共通点なのだと私は感じたものだ。
スピードスケート競技は、オリンピックのみならず多くの競技会シリーズや世界選手権など、お互いの実力を競う機会が多くある。
年間だけでも数レースを争い、それが複数年をかけた長い戦いの歴史を作ってきたはずだ。
だから私たちが見届けたそのレースは、小平奈穂と李相花というアスリートにとっては、一瞬の点に過ぎなかったのではないか。
もちろんその一点は、4年に一度のオリンピックという晴れの舞台であり、そこに至る長くあった厳しい道のりを辿った太い線があるからこその輝きに満ちた瞬間であったろう。

例えば冬季スポーツで言えば、スキージャンプなどもまた、欧州を中心に世界を転戦しながらいつも同じ様なメンバーと競技会に参加して過ごす。
日本の高梨沙羅は、17歳でデビューし、2014年ソチ五輪では史上最年少の金メダルも期待されていた。
オリンピック前の大会で連勝するなど、その実力はそれに値するほど絶好調であった。
しかし結果は4位とメダルにも届かなかった。
悔しい思いを胸に、また4年という月日をかけて迎えた平昌大会では見事に銅メダルを獲得した。
ワールドカップの連戦では優勝回数を多く誇りながら、迎えたオリンピックであった。
2014年、2018年のオリンピックという点においては金メダルこそならなかったが、彼女のスキージャンプの実績は抜きんでている。
ワールドカップでは男女通じて歴代最多の63勝、表彰台(3位以内)113回、女子歴代最多のシーズン個人総合優勝4回と、信じられないほどの実績を挙げているのだ。
だからこそソチでメダルを逸した時も、他国のライバルたちの高梨へのねぎらいの抱擁がみられた。
平昌でのメダルセレモニーでも表彰台に上がった3人のお互いへの健闘を讃える姿は、いつもワールドカップシーズンで見かけるのと同様の絆を感じる美しいシーンであった。
ライバルたちの競い合ってきた一瞬という点は、長く、時には短くとも濃密な時間を経て、やがて線になり絆が生まれるのだと思う。
多くのアスリートたちの交流の一つ一つを実際に知らなくても、競技終了直後のみならず表彰式などでも、観るものに絆や友情のようなものを感じることもある。
そうした時、もちろん実況アナウンサーや解説者の背景説明があればより分かりやすいが、観ているだけで彼らの絆が見て取れる時もある。
表彰台の一番高い場所、金メダルの立ち位置に銀、銅の選手と一緒に並び立ち、歓呼に応え、記念の写真撮影に応ずる姿を見たことがあるであろう。
ある時は、金メダルを獲得したアスリートが2位や3位のアスリートの手を取って讃えたり、親愛のハグなどする瞬間にあふれ出るスポーツマンシップの温かさも目撃したことがあるかもしれない。
前回の世界選手権では、あなたが私に負けたけれど、今回は私があなたに負けた。
その前は私がずっとチャンピオンだったけれど、やがていつも互角の勝負をする強力なライバルとなったのは励みになった。
同じ競技を一緒に切磋琢磨して、お互いに成長してきたかもしれないアスリート同士にしかわからない感情なのかもしれない。
スポーツマンシップという言葉を多くの人が聞いたことがあると思う。
ではそのスポーツマンシップとは、いったいどういうものだろうか。
「相手をリスペクトする心をもって正々堂々と戦い、お互いの成長を認め合い、そしてスポーツ競技を人生の一部としてとことん楽しみ、人間を豊かにするもの」と私は捉えている。
今回の小平と李の感動のシーンは、あまた多く生まれ継承されてきた、スポーツマンシップの一つの例に過ぎないのかもしれない。
ただそれがオリンピックという大舞台で、全世界何億の人々に映像としても永遠に刻まれたことを喜ばしく思った。
ではそのスポーツを観る側の心持ち、大げさに言えば文化はどうであろうか。
スポーツに興味を持ち観戦するのことに、何のルールもない。
スポーツ観戦へのアプローチは自由だ。
にわかファンであれ、コアなサポーターであれ、好きに楽しめばいいに決まっている。
例えばオリンピックの時だけ、そのスポーツを観るのもいいだろう。
競技そのものより、推しのアスリートがいるから応援します!それもまたスポーツの楽しみ方の一つであろう。
ただ、もしその競技の長い歴史背景を知っているとか、ライバル選手の情報も頭に入っていて対決のドラマの筋立てを理解しているなどしたら、より勝負への興味が湧いてくるのではなかろうか。
日本がんばれ!そして日本が勝てばうれしいと感じるのも自然な感情だろう。
しかし強力なライバルがいるからこそ、歴史に刻まれる名勝負や感動が生まれるのだと思う。
だとしたら、ライバルたちのストーリーも少しだけでも追いかけてみたいと思うようになるかもしれない。
スポーツの世界は国境を越えて、言葉の違いを超えて集う競技会において、生身の人間が演じるパフォーマンスを楽しむものである。
だからこそ、メダル獲得だけでなく、記録競技なら自己ベストに至った結果も大いに讃えたい。
ケガや挫折からの復活も見守りたい。
もしメダルを逸したり、勝負に敗れたとしてもアスリートたちは間違いなく精進してきたに違いないから。
それでもなおライバルがその一点で上回ることもある。自身の体調が万全ではなかった一日もあるかもしれない。
加えて、スポーツ競技者の進歩に、突然変異はないことも知るべきだろう。
”伏兵現る”、”奇跡の勝利”と呼ばれるシーンはもちろんスポーツの持つ劇的なドラマの一つであるが、決して理由なき勝利ではないと思うのだ。
スポーツの世界では、その一瞬だけ奇跡の様に勝利の女神がほほ笑むことはない。
しかし、何かのアクシデントで負傷、あるいは万全ではなくとも、なおかつそれを乗り越えて勝利をつかむミラクルが起きるのもスポーツだ。
でもそれは真の実力を持っていて初めて訪れる至福の瞬間だと思う。
我々の過ごす日常の人生も同じではないか。
人生の進路を左右するような点としての一日もいくつかあるが、自分なりに努力し精進してきた結果、線として繋がった準備の日々を大切にしているはずだ。
だからこそスポーツを観る時にも、それぞれのアスリートが紡ぐように過ごしてきた点の積み重ねが生み出した太い線というものを、見逃さないでいたいと思う。